昨今では本屋の棚を眺め回すと、あちらこちらに個性的な探偵というものが数多いますが、猟犬専門の探偵とその探偵事務所をご存じでしょうか。
その名も〈竜門猟犬探偵舎〉。探偵の名前は竜門卓。相棒の大型犬ジョーと共に、失踪した猟犬探しを専門とする、アウトロー探偵です。
著者は稲見一良。1994年に亡くなっていますが、その魅力は永遠に色褪せず、むしろ今の時代に読んで欲しい作家でもあります。
どこの出版社でもいいから、紙で全集を出してくれないかなあ……とこの作家さんの著作の数々に出会ってからずーっと願っているのはここだけの話です。
AmazonではKindleで簡単に買えるのですが、私はこの物語は紙の質感で読むのが一番だと思うのです(おすすめは図書館でしょうか)。
何かそんな感じの、手触りの良い、心優しく誇り高い連作短編集が、これから紹介する『猟犬探偵』、そして『セント・メリーのリボン』になります。
どちらも連作短編集。読むのに気合いは不必要です。
さて、猟犬専門の探偵というだけあって、お仕事はそんなに多くはない竜門氏のところに舞い込む依頼は、やはり猟犬だけではなく、何かしらの動物絡みの事件(?)が多いのが特徴です。
『猟犬探偵』では、動物プロダクションから少年と共に逃げ出した1頭のトナカイの話(『トカチン、カラチン』)、伝染病と診断されてしまい殺処分される予定の馬を連れて愛犬と共に逃げた厩務員を追いかける話(『サイド・キック』)などが収録されています。
どの話にも、厳しい自然描写、心優しきアウトロー達(主人公の竜門氏だけではなく、誰もが皆、心に信念を秘めて行動するのです)、そして妙に美味しそうなごはんの描写(ごはんの描写が美味しそうな小説は間違いなく名作だと相場は決まっている、というのが私の持論でもあります)、そしてファンタジー小説のような柔らかい眼差しに満ちています。
そして『セント・メリーのリボン』。こちらは探偵事務所以外の話も収録されています。
共に自分のせいで伴侶の女性を死なせてしまった男と、山で焚き火をする不思議な老人との一期一会を描く『焚火』。
ファンタジーの手法で紡がれる摩訶不思議な冒険短編小説『花見川の要塞』。
故郷の麦畑に不時着する爆撃機の中で奮闘する主人公の機長と個性豊かな仲間達、そして外の家族達の話を書いた『麦畑のミッション』。
東京駅で働く荷物運び、いわゆる赤帽の主人公が一世一代の賭けに出る『終着駅』。
どれもこれも色とりどりの傑作短編です。
そして、最後に収録されている表題作でもある『セント・メリーのリボン』は、先述した『猟犬探偵』の竜門氏が、行方不明になった盲導犬を探す依頼を受けたことからはじまる、心がキュッとなったり、温かくなったりする短編小説なのです。
目の見えない娘のために、裕福な家の娘さんの盲導犬を盗んでしまった貧しい男とその小さな娘のために、依頼でもないのに(つまりは盗みを犯した犯人とその家族のために!)奮闘する竜門氏、彼らに協力してくれる盲導犬センターのスタッフや、退役して久しい老人と老犬……。哀しい別れや新たな希望に満ちた名作です。
これが短編なのが信じられないくらい、読んでいて心にとっても染みるのです。
時に往年のハードボイルドを意識しつつも、どこかユーモラスな主人公の竜門氏の所作や台詞回し、動物たち(時には爆撃機なども!)、山や自然の厳しくも精緻な、それでいて暖かみのある描写。
こういったジャンル・ハードボイルドを謳う文章の小説では唯一無二なのではないかなあ、と思っています。
いつかクリスマスに誰かに贈りたい物語(最後の1頁まで読んで貰えればわかってもらえると思いますが)ランキング、なるものがあったら私の中では間違いなくぶっちぎり1位のこの物語『セント・メリーのリボン』は、富めるものと貧しきものの対比、長年の相棒との友誼や新しく生まれる絆の対比、様々な人と人、そして人と動物のコントラストが美しく、ほろりとしてしまうシーンも何度かあります。
犬が好きな人への贈り物にもベストだと思っています。犬が好きな人は是非読んでください。
著者曰く『男の贈り物』をテーマとした一冊ですが、女であってもまた、こういう暖かくて冒険に満ちて、人情にも厚い一冊を、誰かに贈りたくなるのです。
著者の稲見一良は処女作である長編『ダブルオー・バック』を刊行した時点で、癌で余命はもう半年しかなかったとのこと。それでも、このように生の歓びや息吹に満ち満ちた作品を遺してくれたのです。
あとがきにある、『誇り高き男の、含羞を込めた有形、無形の贈り物』。本当はもっといっぱい読みたかったな……と読み終わってからもしみじみしてしまいます。
そしてこの2冊は漫画にもなっていて、あの谷口ジローが(もはやお馴染みの『孤独のグルメ』漫画版の人ですね)これまた細密で雄大な描写で描いています。
原作とちょっぴり味付けが違うところもあるのですが、何の問題も無く読むことが出来ます。
こちらも大変オススメなので、機会があれば是非とも手に取ってみてくださいね。
@akinona

