ガキ大将でスパイで高僧の弟子!全部盛りロードムービー大河小説、『キム』を読む

· 教養

突然ですが、『ピカレスク小説』という言葉をご存じでしょうか。悪党や悪漢を主人公にした小説のことです。

 今回紹介する小説には、このピカレスク小説の要素と、スパイ小説の要素と、そして男二人(少年と老僧)のバディムービーの要素もありつつ、イギリス領インドを舞台にした壮大な大河冒険小説、という要素がてんこもりの1冊になります。


 今回紹介する『キム』(岩波少年文庫では『少年キム』というタイトルになっています)の舞台は19世紀。

 ロシアが冬でも凍らない港を手に入れるべく、当時はイギリス領だったインドに目を付けます。

 一方、イギリスは、そんなロシアの南下政策に対抗すべく植民地インドを死守しようとし、現地を舞台にした「グレートゲーム」(大いなるゲーム)と呼ばれる諜報戦、つまりスパイ合戦が繰り広げられていた時代になります。

 白人が潜入しにくい場所には、現地の民をスパイにしてなんとか送り込む、そんな時代が下敷きにあります。


 そして、そんな植民地時代のインドで、イギリス人孤児のキムは現地民の中で毎日わんぱく三昧で面白おかしくたくましく暮らしていたのですが、チベットから『聖なる川』を探しに来たという老僧(ラマ)に出会い、その立ち振る舞いに感化され、弟子として一緒に旅をすることに。


 イギリス人孤児ながらインドならではの多様な現地語や文化に対する理解と、白人ながら現地の民に溶け込む変装が得意なキムは偶然、英国軍の目にとまり、スパイとしての才能を見出され、一旦老僧と別れて大人たち(この大人達もまた個性豊かなのです)にスパイとしての教育をたっぷりと施されることになります。

 やがて重大な諜報任務を担うことになるのですが、老僧と再会したキムはその任務の傍ら、また彼と一緒に旅をしていくのです。


 ちょっとワルでこすっからくて頭の回転がめっぽう早いのに老僧には頭が上がらないガキ大将(そんなわんぱく少年は作中でどんどん成長してしっかりした青年になっていきます)のキム。そして、チベットから来た異邦人ながら(ちょっとおっとりしているところもありつつ)聖なる川を探してキムを連れてインド中を旅する老僧(岩波少年文庫では『ラマ』と表記されます)の、在りし日のイギリス領インドを舞台にしたロードムービーのようであり、大河小説でもあるのです。

 こんなに情報量の多い(割には面白くってどんどん読めてしまう)小説、なかなかないと思います。


 作者はラドヤード・キプリング。ノーベル賞作家です。といっても「誰それ?」ってなる人の方が多いでしょう。

 有名な作品は、『ジャングル・ブック』。こちらはディズニーで映画になっていますね。そしてキプリングは、生まれも育ちもインドであり、インド特有の文化や宗教、風習を、主人公のキムを通して生き生きと描いています。


 ちなみに章のはじめに『鎌倉の大仏』という何とも摩訶不思議な詩が載っているのですが、キプリングは何度か来日したこともあるそうです。

 つまりはアジアにゆかりのある作家でもある、ともいえます。ちなみにキプリングは詩人としても名を成している作家でもあるのです。


 ただしインドがイギリスの『植民地』であるという事に関しては何の疑問も差し挟まれないためか、この作品は『帝国主義的だ!』と言われてしまうこともあるそうですが……。キプリング本人も、帝国主義的な政治に異論はなく、むしろ当時それを推し進めていた政治家達と交流があった模様。


 けれど生まれ育ったインドにとても愛着があったキプリングによって、人も文化も大変色鮮やかな実体を持った描写が、主人公の少年キムの目、老僧の旅の様子を通してしっかり成されている、つまりインド愛たっぷりなのがこの作品の根底にはきちんと流れているのです。

 個人的にはインド映画が大好きな人とかに読んで貰いたいな……という気持ちがものすごくあります。


 先述したとおり、スパイになったガキ大将のピカレスク小説、波瀾万丈な冒険小説、少年から青年へと育っていく成長物語、智恵ある大人に導かれて成長する少年の教養小説(ヨーロッパには伝統的にあるジャンルです)、少年と老僧のバディもの、ロードムービーさながらの展開、宗教小説、 国際スパイ小説など、ひとつのジャンルでは語りきれない魅力に満ちた作品を、破綻なく最後までドキドキしながら読ませてしまう手腕は、さすがノーベル賞作家です。


 岩波少年文庫では上下巻になっている『少年キム』、光文社古典新訳文庫などでは原題通り『キム』となっている、知名度は低いけれど大変面白いこの作品、暑かったこの夏の終りにいかがでしょうか。


 そして、もしもインドが好きならば、あるいはインドで旅をしてみたい、ないし、したことがある、という方がいたら、この、インドならではの多種多様なスパイシーな香りと、これまた多種多様な諸大国の陰謀の香りが混じり合った『キム』、一読しておくと良いことがあるかも知れません。


@akinona

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