洪水リスクに「値札」をつける。英国Twintreeが変える、これからの防災とサステナビリティ

· サステナブル

2026年の夏、日本は改めて「自然災害とともに暮らす国」であることを思い知らされた。

7月28日に発生した「令和8年熊本地震」では、熊本県宇城市と氷川町で最大震度7を観測。マグニチュードは7.1に達した。

そのわずか2週間余り後、今度は千葉県を記録的な豪雨が襲った。

8月13日から14日にかけて発生した「令和8年8月千葉豪雨」では、線状降水帯が3回発生。千葉市では、平年の8月1カ月分のおよそ3倍に相当する雨が、わずか12時間で降った。千葉県によれば、家屋の浸水や道路冠水などが各地で相次いだ。

こうしたニュースを見るたびに、私たちは「最近、自然災害が多い」と考える。

しかし企業にとって、本当に難しい問題はその先にある。

「では、この災害によって自分たちの会社はいくら損をする可能性があるのか?」

この問いに答えられる企業は、意外なほど少ない。

そんな「自然災害とお金」の間にある空白を埋めようとしているのが、英国ロンドンを拠点とするTwintreeだ。

「自然」は、背景ではなく資産である

Twintreeが掲げる考え方はシンプルだ。

Your environment is your product.
——あなたを取り巻く自然環境そのものが、商品である。

たとえばスキー場なら、雪がなければ商売にならない。

海辺のホテルなら、美しい海岸線が失われたり、高潮や浸食によって建物が危険にさらされたりすれば、事業そのものが成立しなくなる。

農園なら、土壌、水、降水量、気温の変化がそのまま収穫量や土地の価値に跳ね返ってくる。

つまり、こうした企業にとって気候変動は、「環境に配慮しています」と報告書に書くためのESG課題ではない。

売上、利益、不動産価値、保険料、そして会社そのものの存続に関わる経営リスクなのだ。

Twintreeは山岳地域、沿岸地域、農村地域など、自然環境への依存度が高い事業者を主な対象としている。資料では、スキー・アルパイン施設、沿岸ホテルやリゾート、マリーナ、農園や土地所有者などが想定されている。

同社自身も、自分たちの仕事を単なるESG支援ではなく、「Asset defence=資産防衛」と表現している。

「洪水リスクが高い」で終わらせない

ここでTwintreeのサービスが面白くなる。

一般的なハザードマップを見れば、「この場所は洪水リスクが高い」ということまでは分かる。

しかし企業経営者が本当に知りたいのは、その先だ。

たとえば千葉県の海沿いに、100室のホテルがあるとする。

大雨や高潮で浸水した場合、建物の修理にはいくらかかるのか。

営業を3カ月停止すれば、売上はいくら失われるのか。

保険料は今後どの程度上昇する可能性があるのか。

さらに同じ規模の豪雨が10年間に繰り返された場合、何もしないことによる総コストはいくらなのか。

Twintreeはこうした物理的な気候・自然リスクを、企業が理解できる金額へ翻訳しようとしている。

その中心となる考え方が、Climate Value-at-Risk、いわゆる「Climate VaR」だ。

同社の資料によれば、個々の施設について雪、水、高潮、土壌などの物理的条件を分析し、それが売上、運営費、設備投資などにどのような影響を与えるかを資産レベルで評価する。

つまり、

「洪水が怖いですね」

ではなく、

「洪水によって、この資産にはこれだけの金銭的リスクがあります」

まで持っていく。

すると自然災害は、防災担当者だけの話ではなくなる。

CFOも、銀行も、保険会社も議論できるようになる。

10年間、「何もしない」といくらかかるのか

Twintreeの入口となるサービスが「Seedling」だ。

Seedlingでは、ある土地や施設がどのような気候・自然リスクにさらされているのかを把握し、それを資産単位のClimate VaRへと変換する。

さらに特徴的なのが、今後10年間、対策をしなかった場合のコストを、必要なレジリエンス投資と比較するという考え方だ。

たとえば、今後10年間の水害による期待損失が10億円だとする。

一方、排水設備や防水設備、土地利用の変更などに2億円を投資すれば、そのリスクを大きく減らせる可能性がある。

すると、それまで「2億円もかかる防災設備」だったものが、

「10億円の損失を避けるための2億円の投資」

に見え始める。

同じ工事でも、経営会議での意味がまったく変わってくる。

これはTwintreeがサステナビリティを「善いこと」ではなく、投資判断に変換しようとしているということでもある。

診断して終わらない。「どう守るか」まで考える

Twintreeのモデルは、大きく4段階に分かれている。

Baseline → Defend → Inset → Finance

まずBaselineでリスクを価格化する。

次にDefendで、どの対策を優先すれば最も効率よくリスクを下げられるかを検討する。

Insetでは、その土地にある自然そのものを活用した価値創出や生態系回復を考える。

そして最後がFinance。

銀行、保険会社、地域の関係者などを含め、その対策に必要な資金をどう成立させるかまで考える。

資料では、防災・適応策を具体的なリスク削減効果と結びつけて順位づけし、その後、金融機関や保険会社、複数の関係者による資金調達へつなげるとしている。

ここが、一般的な気候リスク診断サービスとは少し違う。

リスクを見つけるだけではない。

リスクを見つけ、対策し、その対策にお金を付ける。

Twintreeが「Risk, priced. Resilience, financed.」と表現する理由である。

能登豪雨が示した「一度被災した土地」の難しさ

この考え方を日本で考えるとき、2024年の能登半島も象徴的だ。

元日の能登半島地震から復旧途上にあった地域を、同年9月、再び記録的な大雨が襲った。

国土交通省によると、9月20日から23日の大雨では、輪島市や珠洲市を流れる河川など計29河川で洪水などが発生。石川県だけで、水害被害額は約4,543億円に達した。

ここには、気候リスクを考える際の重要なポイントがある。

自然災害リスクは、いつも同じではない。

地震や洪水によって堤防、斜面、道路、建物などが傷めば、その土地は以前より別の災害に弱くなることがある。

2026年の千葉豪雨の後にも、河川の堤防や護岸などが被災したことを受け、気象庁は千葉市と八千代市について洪水・大雨警報等の基準を通常の8割へ暫定的に引き下げた。

つまり、

昨日まで安全だった基準が、災害の翌日には安全ではなくなる可能性がある。

Twintreeのモデルでも、Baselineを一度作って終わりにはしない。

対策を行った後、再びリスクを測定する。

同社はこれを「Resilience Flywheel」と呼び、リスクを下げながら資産価値を高める循環として描いている。

熊本地震を「予測するサービス」ではない

ここで注意しておきたいこともある。

Twintreeが現在公開している資料で中心となっているのは、洪水、高潮、海岸浸食、干ばつ、雪不足、土壌など、気候・自然に関連した物理リスクだ。

したがって、2026年の熊本地震そのものをTwintreeが予測したり、地震VaRを算出したりできる、と紹介するのは正確ではない。

それでも熊本地震が突きつける問題は、このサービスの考え方と無関係ではない。

大きな災害のあと、

「自分たちの資産は、今どの程度弱くなっているのか」

「そこに豪雨や台風が来たら、どの程度の損失が生じるのか」

「復旧するとき、単に元に戻すのか、それとも次の災害に耐えられるよう投資するのか」

という判断が必要になるからだ。

防災は、災害が起きたあとだけ考えるものではない。

資産価値をどう守るかという、平時の経営戦略でもある。

「環境にやさしい」から「会社を守る」へ

これまでサステナビリティという言葉には、ときに企業にとって「やらなければならないもの」という響きがあった。

CO₂排出量を測り、レポートを作り、ESG評価に対応する。

もちろん、それも重要だ。

しかしTwintreeが扱っているのは、もう少し生々しい問題である。

雪がなければ、スキー場は営業できない。

海岸が削られれば、リゾートの価値が落ちる。

洪水が起これば、ホテルは休業する。

干ばつになれば、農作物は収穫できない。

自然環境を守ることと企業を守ることが、実は同じ問題になっている。

Twintreeはその間に「お金」という共通言語を入れる。

「自然を守りましょう」ではなく、

「この自然を失った場合、あなたの会社はいくら失いますか?」

と問いかける。

そして、その損失より安い金額で未来を守れるなら、そこには投資する合理性が生まれる。

同社が掲げる言葉は、「Defend what you depend on」。

自分たちが依存しているものを、守る。

気候変動がますます企業の損益計算書に入り込んでくる時代。

サステナビリティは、「環境に良い会社になるため」の話から、会社そのものを失わないための経営戦略へ変わり始めているのかもしれない。