外面と内面はイコールではないのだ/『SAW.ZERO』

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さてさて、私は当メディアにて00年代の未公開映画(ビデオスルー作品)を中心に映画コラムを書いているわけだが、まあほとんどの人間は興味を抱かないテーマである。私が青春を捧げた文化を誰もが忘れ去っているのは非常に寂しい。私は未だに、『SAW』便乗のパッケージをTSUTAYAで眺めては、当時のノスタルジーに浸っているというのに。西荻窪のTSUTAYAから撤去されたアルバトロスの『JIGSAW』シリーズは、今ごろどうしているのだろう。3本いくらで叩き売りか、ディスカスの在庫に回されたか、不燃ごみに出されていなきゃそれでいい。DVDなどケースを含めても大してかさばらないのだから、いらないものは私の家にでも送ってください。お願いしますね。



 ……なんて無責任なことを思いながらサスペンスコーナーのサ行を目で追っていると、『SAW.ZERO』を見つけた。あれ、懐かしい。置いてあったんだな、これ。確かアラスター・オアのデビュー作だった筈だ……と裏面を見てみると、「フランス語」とある。そうだったかな。たしか彼は南アフリカの人だった筈だけど……え、117分!?もっと短いって!『SAW』便乗の映画で2時間レベルの長尺なんてウィリアム・カウフマンの『GEAR ギア』くらいだろ!



 私は記憶違いをしていたのだ。アラスター・オアのデビュー作は『JIGSAW/ソリッド・ゲーム』。『SAW.ZERO』とジャケットが似ているんでどうも。「わかるわかる、似てるよねー」と頷いてくれている人が一人でもいることを願っているが、ともかく、私はこの『SAW.ZERO』を見たことがなかった。これだけ『SAW』便乗を懐かしがっておきながら見たことがないというのが恥ずかしくて、急いでレンタル、小走りで帰ってすぐに再生したのだった……。



 そして見終わったわけなんですが、この『SAW.ZERO』、もちろん『SAW』とは無関係の映画なのだけど、どうしてコレを『SAW』に便乗させようと思ったのか、担当者の意見を聞いてみたい。ちょっと、あまりにも『SAW』とは違いすぎる。百歩譲って『クライモリ』ならギリわかる。本作に暗い森は出てきても、デスゲームは出てこないからね。「借りてさえくれればそれでいい」という精神は、ソレでシノギを削っていた時代なワケで今さら責めたところでキリがないけれども、こんなにも便乗元と違うとなると、さすがに無駄なヘイトを買うリスクのほうがデカいんじゃないか、なんて素人の私がブツブツ言っても仕方がないのは分かりつつ、それでも言ってしまいたくなるのは、Filmarksを始めネットで大酷評されている本作が、そう悪い映画だとは思えなかったからだ。



 お話はマジでよく分からない。理解できなかったのは、私が映画を見ている間ひたすらボーッとしている事だけが理由ではないだろう。「変な村に取材に行ったら、変な感じでした」というだけのあらすじながら、主人公の見る幻覚と現実との境目をうやむやにしているから、こちらの脳も同様に変になる。「うわっ、変だ。変だなあ。何だろう、この変なの。変だよなあ」という117分。まあ、しんどいっちゃしんどい。ジャケット詐欺によるヘイトを抜きにしても、拒否反応を示す観客だって少なからずいるだろう。



 ただ、「変だ、変だなあ、変だよなあ」の連続攻撃で、私はひたすら引っ張りこまれてしまった。お話はよく分からないし、なんか00年代っぽいシャバさも感じるし、巷では「雰囲気映画」だなんて揶揄されているけれども、そのすべてをテンポの良さでカバーしている。かつて、これほどテンポの良い「雰囲気映画」が存在しただろうか。目的地が決まったら、次の画面ではそこにいる主人公。バーで飲んでいたのに、次の画面では自転車に乗っている主人公。こうした異様なテンポの速さがぶつ切り感を出し、悪夢的な世界観に拍車をかけている。場面と場面の間に2、3ショット挟んで道理を守ろうとしたりしないのが、黒沢清的に見えたり、単にふざけているように見えたりもする(黒沢清だって、ところどころで明らかにふざけていると思うけども)。



 後半に差し掛かると、色んなジャンルを横断するような展開になっていく。中でも、ちょっとした恋愛劇は見応え充分。やっぱりフランス語って小声で愛を囁くためにあるね。ドキドキしたよ。「愛って何?」「心に生えた翼さ」なんてやり取りを、まさか『SAW』便乗の映画で聞くことになるとは。こういった油断ならなさも魅力。人を選ぶ映画だとは思うけども、作品自体に非のない罪でヘイトを向けられたまま忘れ去られるほどくだらないモンではない。機会があれば、どうか見てみてほしい。



 ちなみに、私が勘違いした『JIGSAW/ソリッド・ゲーム』は、『生存者は見た』というタイトルで現在AmazonPrimeにて配信中。また、『SAW.ZERO』と同じ彩プロが配給した『SAWレイザー』という、『SAW』と『ヘルレイザー』を組み合わせた便乗タイトルの映画があるのだけど、そちらも『ネクロメンティア』というタイトルで配信されているので要チェック。イヤな気分になるスプラッターで、一見の価値アリだ。



 最後に余談だが、この『SAW.ZERO』、今年に見た『少女惨殺 スワンズソング』という日本映画とも似たものを感じた。こちらもジャケットでかなり損をしていると思われる傑作なので、どうにか入手して見てほしい。ジャケットを見て「ウッ」とはなるだろうが、中身は非常に端正なJホラー。外面と内面がイコールでないのは、映画も人間も同じなのだ。

ライター:城戸