人間、生きていると一度くらい、あー…もうなんかめちゃくちゃ強い何かしらのサムシングな存在が突然現れてこの面倒な事態を解決してくれないかなー、と思うこと、あると思います。
それは人によっては様々ですが、古の女性達(幾ばくかの現代の女子の心の奥深くにも?)にとってその象徴的なものは何故か『白馬に乗った王子様』『輝ける騎士様』などという形に象徴されます。多分ですが! 知らんけど!
じゃあ実際に、白馬の王子様が現代にやってきたらどうなるのか。それが描かれているのが今回紹介する『時のかなたの恋人』になります。
作者はジュード・デヴロー。原題は『A Knight in Shining Armor』。1996年に新潮文庫から出ていたこの名作ラブロマンスが、2020年に二見書房から改訂新訳として再度発売されたものです。
主人公は、恋人(もう彼と結婚しないと後がない、くらいの気持ちでいました)とのイギリス旅行中、喧嘩して身一つで置き去りにされてしまった若きアメリカ人女性ダグレス。たまたま、十六世紀を生きた伯爵ニコラス・スタフォードの墓の前で泣いていると鎧をまとった男が現れ、ニコラス本人だと名乗ります。
いやまあたしかに抜群にイケメンなんだけど、何だかちょっとやばめのコスプレイヤーなのでは? とニコラスの言動を見て率直に思うダグレスと、無実の罪で捕らえられていたはずが、部屋に突如、女性の泣き声が聞こえてきて、気付くと現代にやって来ていて、何もかもがよくわからないこのニコラス。目の前で(それも自分のお墓の前で)泣き濡れているダグレスを『魔女』と呼んだりするわけです。
しかしながら、恋人に置き去りにされたため、ホテル代すらないダグレスは、仕方なく自称「ニコラス・スタフォード」と名乗る、現代の知識が皆無なこの十六世紀生まれの男と行動を共にすることになってしまいます。
けれどこのニコラスは実は三日後に処刑されるはずで、現代にも「謀反人」として名の伝わっていることが判明するのです。つまりこのままではもしも十六世紀に戻ったところで処刑されてしまう運命のニコラスに同情を感じはじめたダグレスは、彼の無実を証明するために、現代のイギリスで奮闘しはじめ………というのがおおよその(前半の)ストーリーとなっています。
まさか本当に人間がタイムスリップしたとは思っていないダグレスは、ニコラスのために現代の洋服やシェービングクリームを買ってやったり(ニコラスがもっていた十六世紀の硬貨がコインショップで高値で売れたため、当座の資金が手に入ったのです)ニコラスが建てたお城(現代では観光名所)にいったり、図書館で文献を調べたり………。
その間に、ニコラスを歯科医に連れて行った際に、そこの歯科医に言われるのです。『歯には幼少期に飢饉にあった人の特徴がある』と。
記憶喪失でもあやしいコスプレイヤーでもないことを徐々に確信していくダグレスと、少しずつ距離を縮めていくニコラスの二人は、無実の処刑の謎を解き明かしていきながら、とうとう結ばれてしまうのですが、『結ばれた直後』に、何故かニコラスの姿は消えてしまうのです。
しかも誰一人としてニコラスのことを覚えていない、という状況に絶望するダグレス。
そして、今度はダグレスがニコラスを追うように、十六世紀の英国にタイムスリップしてしまい………。
十六世紀で出会ったニコラスは、未来で出会ったダグレスのことを一切覚えていませんでしたが、ダグレスは愛するニコラスがこのままだと無実の罪で処刑されてしまうことを知っているのでもう必死です。
なんとかニコラスの住まう館で暮らす権利を得て、必死で彼や、彼の周りの人々を守って、運命を変えていこうと必死に生きていきます。
この手のタイムスリップ・ラブロマンスというのは、『歴史を変えちゃいけないわ!』となりがちなんですが、昨今の女性は強し。
ありとあらゆる『これから待ち受ける』悲惨な運命を、勇気と機転で回避していきます。
そんなダグレスに、再びニコラスは惹かれていくのですが、ダグレスはニコラスと『結ばれたら』現代に戻ってしまう運命にあります。更にニコラスの結婚話(これが後にニコラスの一族の不幸の元凶となるのです)まで持ちあがってしまい………。
そしてここの物語の魅力のひとつでもあるのが、十六世紀の生活様式がとても細やかに書かれていることです。ロマンチックな幻想などどこ吹く風、といった感じで、大変厳しい衛生面やら身分差やら政略結婚事情が描かれているのです。(きっとこれが、このロマンス小説が長く読み継がれて、改訳新訳まで出る人気のひとつなのでしょう)
現代に戻ってしまうダグレスですが、エンディングはとても爽快なものです。彼女の愛と奮闘によりニコラスの生涯は一変し、彼の周りの家族達も概ね幸せな結末に。それでも、愛するニコラスとはもう永遠に逢うことができないままアメリカへ戻る飛行機の機内で起きる、最高のミラクル。
つまりは、ロマンス小説というのはこうでないと! みたいなものが全部盛り合わせてある1冊です。
十六世紀の歴史が好きな人にもオススメですし、タイムスリップものが好きな人は是非一度(殿方にも)読んで欲しいクオリティになっています。
少し分厚い文庫本ですが(電子書籍もあります)、最近ちょっとロマンスが足りてないなあ、とか、たまには歴史もの、謎解きものが読みたいなあ、とか、色んなニーズを満たしてくれるのです。
あっという間に秋の夜長は過ぎてしまいましたが、この一冊で、ロマンスに満ちたタイムトラベルをしてみませんか。
@akinona

