前回の記事では、2025年の欧州マーケティングの風景を形づくる4つの主要トレンドを、代表的なブランドのキャンペーンを例に挙げながら紹介した。これらのトレンドは、クリエイティビティ、テクノロジー、そして文化的感性が、企業と欧州のオーディエンスとのコミュニケーションをいかに変革しているかを示している。本記事では、それらを簡単に振り返った上で、近年特に注目を集めたキャンペーンを取り上げる。

トレンド1:ユーモアと“バッドバタイジング”の台頭
長年、善意や社会貢献、ポジティブな感情を前面に出した「グッドバタイジング」が主流だったが、欧州のオーディエンスはより鋭く、時に不遜なメッセージを受け入れるようになってきている。驚きや軽い不快感すら与えるコミュニケーションが、むしろ好意的に受け止められつつあるのだ。ブランド側も、SNSで流通する皮肉やシニカルさ、ダークなウィットが強力な注目獲得手段になり得ると理解してきており、逆説的に“本物らしさ”にもつながっている。
トレンド2:エンターテインメントから「リアリティ広告」へ
広告はもはや「娯楽」だけではない。人々が自分自身を真に投影できるストーリーを語ることが求められている。感情は依然として中心的要素だが、かつてのようなメロドラマ的表現ではなくなった。混乱が続く時代を経て、オーディエンスは“本物”、日常のリアリズム、そして人間味のあるトーンに共感を示すようになった。この文脈では、ユーモアは「気晴らし」であると同時に、ブランドと消費者をつなぐ架け橋として機能する。
トレンド3:ソーシャル・ファーストのクリエイティビティとインフルエンサーの力
ソーシャルメディアの影響のもと、広告は大きく変貌した。かつては「360°戦略」の一部だったSNSが、いまやクリエイティブの中心にある。TikTokのようなプラットフォームは、デジタルエンゲージメントを再定義しただけでなく、広告の言語そのものを書き換えた。今日のキャンペーンは、参加・共創・インフルエンサーによるストーリーテリングを軸に設計され、従来メディアを超える意味と勢いを生み出している。
トレンド4:AIが切り開くクリエイティビティの未来
AIは超パーソナライゼーションの時代を切り開いている。ブランドは、消費者が言葉にする前に欲求を予測し、個々が「理解されている」と感じるコンテンツ、オファー、体験を提供できる。チャットボットやバーチャルアシスタントもこの流れを加速させ、質問への対応、商品提案、ユーザーがアップロードした画像からアイテムを特定することさえ可能にしている。AIは創造性を置き換えるのではなく強化し、テクノロジーと感情の新しい対話を実現している。
これらを踏まえ、本記事ではこれらのトレンドの一つを最もよく体現し、欧州全域で大きな反響を呼んだキャンペーン――コカ・コーラの「Made in Germany」――に焦点を当てる。リアリティ広告を採用することで、コカ・コーラはグローバルブランドにおける“本物らしさ”の意味を再定義し、ローカルのリアリティがグローバルの演出を上回り得ることを示した。
コカ・コーラ「Made in Germany」:グローバルがローカルになるとき

2025年8月に開始された「Made in Germany」キャンペーンは、約1世紀にわたる同社のドイツでの存在を前面に押し出す。コカ・コーラは1886年にアトランタで発明されたが、ドイツでのボトリングは1929年に始まった。現在ドイツで販売される飲料の97%(コカ・コーラ、ファンタ、スプライト、ViO、Fuze Tea、パワーエイドなど)は国内生産だ。同社はバイエルンからシュレスヴィヒ=ホルシュタインまで13の製造拠点を持ち、約7,000人を雇用している。ボトリングパートナーであるCoca-Cola Europacific Partners Germanyは国内最大の飲料メーカーで、2024年の販売量は約41億リットルに達する。
スペクタクルではなく“本物らしさ”を
「Made in Germany」キャンペーンの強みは、そのシンプルさにある。華やかなCMやセレブ起用に頼るのではなく、同社はスポットライトを従業員自身に向けた。ヤナ、ダニエル、ハイケ、ジェシー、ムハンメド――全国のボトリング工場で働く“本物の人々”だ。彼らの顔は短い動画やSNS投稿に登場し、ストレートなスローガンが添えられた。
「Made by(社員名)。Made in Germany.」
このキャンペーンは誇り、職人技、コミュニティの物語を語る。グローバル広告にありがちな過度に磨き上げられた映像ではなく、地に足のついた労働と生産の姿を描く。そのメッセージは驚くほど直截だ。

「ドイツで販売する飲料の97%は、ドイツで作られています。」
これこそがリアリティ広告の本質だ。虚構もライフスタイルの憧れもない。ただ透明で検証可能な真実がある。コカ・コーラは運営上の単純な事実を感情的な物語へと昇華させ、「本物らしさが技巧を超える」ことを証明した。
同社がドイチェ・ヴェレに出した声明は、コカ・コーラがほぼ1世紀にわたりドイツのビジネスと社会の一部であったことを強調するものだった。しかしそのタイミングは、より深い戦略的洞察を示す。米国への信頼が低下し、グローバルブランドが政治化される中、コカ・コーラは自身の“欧州的アイデンティティ”を再確認したのだ。従業員を前面に出し、国内生産を強調することで、アトランタ発の多国籍企業は米国政治から距離を置き、ドイツ経済への貢献者としての姿を打ち出した。
「Made in Germany」は、欧州消費者が多国籍企業に懐疑的になり、国内での価値創出に敏感になっている時代において、ブランドがいかにグローバルイメージをローカル感情に適応させられるかを示すものだ。コカ・コーラは“アメリカ的幸福の象徴”ではなく、“国の誇りを支えるパートナー”へと舵を切った。
経済的貢献
コカ・コーラは“本物らしさ”だけでなく、自社のドイツにおける経済的重要性も強調し、ローカルブランドとしての信用をさらに高めた。キャンペーンでは、同社がドイツGDPに91億ユーロを貢献し、原材料、設備、輸送のために約15億ユーロ分を国内サプライヤーから調達していると強調している。

歴史的に見ても、同社のドイツ事業は長い時間をかけて築かれてきた。1929年にボトリングが始まり、第二次世界大戦中に米国からの材料輸入が途絶えた際にはファンタが開発され、その後1973年にはメッツォミックスなどのローカル商品も生まれた。
こうした経済面のストーリーを織り込むことで、コカ・コーラは単なる輸入ブランドではなく、雇用を生み、地元調達を行い、国内投資を続ける“ドイツ経済の一部”であることを強調した。これは「スペクタクルではなく本物らしさ」という方向性を、感情と事実の両軸で強化するものだ。
測定可能な影響:リアリティ広告の効果
「Made in Germany」キャンペーンの詳細な成果はまだ公開されていないものの、初期データはリアリティ広告――検証可能な真実に基づく広告戦略――が文化的にも商業的にも効果的であることを示している。調査によれば、ドイツの62%の消費者がコカ・コーラの国内生産量を過小評価しており、10人中9人が国内生産を支持する意見を示した。この数字は、ブランド認識が大きく変化したことを表している。アメリカ的な象徴が、“国の一員”として再定義されたのだ。
しかし、専門家は「態度―行動ギャップ」が依然として課題だと指摘する。好意的な感情が、必ずしも購買行動の変化につながるわけではない。Coca-Cola Europacific Partners Germany は2025年中頃に0.5%の販売量増加を報告したが、その成長がどれほどキャンペーンの直接的成果なのかは特定しづらい。重要なのは売上ではなく、レピュテーション・エコノミクス――透明性によって信頼、正当性、感情的関係性を生み出す力である。
この結果は、欧州マーケティングにおける新たな真実を示す。
“本物らしさ”は、もはや“理想の演出”よりも強い。
人々は誇張や幻想ではなく、証拠に反応する。リアリティ広告は、スペクタクルを“実質”に置き換え、企業の運営上の事実を感情資産へと変換する道を開く。情報過多と懐疑が渦巻く時代において、信頼性こそが最も説得力のあるクリエイティビティになったのである。

ライター:Valentina (ヴァレンティーナ)
Reference

