言うは易し、行うは無理ゲー!〜吉村昭『敵討』を読む

· 教養

 私は吉村昭作品が大好きで、暇とお金さえあればちょくちょく買い揃えているのですが、その中でも比較的読みやすく、吉村昭作品の名物とも言える、エグさ&厳しさ満点(以前紹介した『羆嵐』みたいに、うっかり読んで夜も寝れない!ってならないタイプ……)でもない、ただただ冷徹に敵討ちの様子を描いた文庫本(ちょっと薄い文庫に短編が二つ収まっているタイプなので気安く手に取れます)を今回はご紹介します。


 収録1作目は父と伯父の敵討ちの話。表題作『敵討』です。

 父と伯父を殺した男をひたすら仇として追いかける主人公の話になります。

 仇の相手はあろうことか、権勢を誇る幕府の役人の部下としてあちらこちらで暗躍する小悪党。

つまり、新幹線も電車も高速道路もない時代に、江戸(東京)から長崎まで、あちこちで暗躍する男を追ってかけずり回ることになるのです。


 この時代の敵討、駅のお尋ね者の張り紙どころかインターネット情報もゼロの中、なんとか独力でやっていかねばなりません(敵討ちは住んでる藩にお届けして許されないとやってはいけない模様)。

 作中でも「仇に出会えるのは百に一つあるかどうかで、旅の途中で心折れて刀を売り払って町人になるものも多い」ということが描かれています。

 夏の暑さが厳しいと暑気あたり(いわゆる熱中症)でひとり生き倒れる可能性すらあるわけです。

 主人公も何度か心折れそうになりつつも、頑張って仇を追っては右往左往していくわけです。


 そんな中、追ってる仇が政治の内紛で牢屋に放り込まれてしまったことを知る主人公。相手が牢にいると敵討ちなんてできっこありません。

このままでは仇が遠島(島流し)になってしまいます。絶望する主人公ですが、なんとそこに大火(大火事)が起きるのです。


 火事になると牢屋では『切り放ち』が行われます。これは一旦囚人を牢屋から逃がし、火事の後にちゃんと牢屋に帰ってきたら罪一等を減じる、というもの。

 主人公の仇の男もこの『切り放ち』で罪一等を減じられて、遠島を免れて、牢屋から解き放たれるのですが、それはつまり、主人公に仇討ちの大チャンスが到来した、ということになり………という、何ともドラマティックで皮肉な展開の話になります。(この結末は読んでみてのお楽しみです!)


 そして収録2作目は『最後の仇討』。江戸末期の藩内での内紛が元で父と母を惨殺された少年が、成長し、両親の敵を討ちに行く話になります。

 ところが、成長している間に時は江戸から明治時代に移り変わり、それまでは立派なこととされてきた『仇討ち』も、ただの『殺人罪』になってしまうのです。


 廃刀令も出され、腰から刀を下げることもできなくなった時代ですが、諦めることなく、荷物に短刀を忍ばせて、身内からの援助で得た旅費で仇討ちへ出かける主人公。親戚の家を転々としたり、費用が尽きれば日雇いで働いたり、その間も旧藩士の知り合い達から仇の伝手を辿ったり……。


 そんな中、とうとう仇が役人として出世したのを知り、絶好の機会を得て仇討ちをようやく果たした主人公は、粛々と『警察署』に出頭することになります。時は明治の世ですからね!


 そして時がいくら明治の世になったとはいえ、永きにわたった江戸時代の風習が180度抜けきったわけではありません。世の中では12年もの苦難の日々を経て親の敵を討った主人公を褒め讃える向きもあるわけです。

 しかしながら『仇討禁止令』が交付されている明治の世では、厳正な裁判によって、主人公は終身禁錮になります。


 そんな終身禁錮になった主人公を同情する者達も多く、時には有名人からの差し入れもきたそうです。

 そして大日本帝国憲法が発布されるのに伴った恩赦で、主人公の刑期は短くなり、晴れて明治の世になってから24年目に彼はようやく釈放されることに。

 出獄後には慰労会まで開かれ、その後は、時代の移り変わりを目の当たりにしながら静かに生きていく、そんな物語です。


 ちなみにどちらも実話ベース。

 仇討ちというのは基本的に、成功した例しか後世に残らないものであり、成功し、それが更に記録に残っているのはまた氷山の一角でしかないわけです。

 それをまた作者は歴史小説家ならではの冷徹な目でさらりと書いているのです。

 『敵討ち(仇討ち)はよいものか、よくないものか』を考えるのはあくまでも読者である、と言わんばかりの冴え渡る筆致で、時代の移り変わりや、時に訪れる運命のいたずらのようなものを見事に書き記しているのです。

 ここには戦中から戦後の価値観の変容を、多感な時代に経験したことのある作者吉村昭ならではの気骨みたいなものを大いに感じることもできるのです。

 決して『美談』に流されず、事実のみを追う厳しい目と、時代の大波や抗しがたい大きな力に小舟のように翻弄される一介の市民へ対する静かな、無言の優しさ。

 私はそのどちらもが大好きなのです。


 最近は地上波放送で観ることも少なくなってきたとはいえ、時代劇では定番の『親の敵!覚悟!』の後ろ側には、実はめちゃくちゃな無理難題が潜んでいる。『ここであったが百年目!』という台詞もあながち嘘ではない、そんな苦難満載の話が二編収録されている小さく秀逸な文庫本。

 機会があったら是非とも読んでみてくださいね。


@akinona

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