ラノベと古典のマリアージュ!~『かくて謀反の冬は去り

· 教養

皆様はライトノベルを読んだことはありますか?

 私は書店員だった頃、このいわゆるライトノベルを買うとついてくるポストカードなど

の特典を作る販売促進部に所属していたこともあり、割と身近なジャンルだったりします

 そんな私ですが、一番よく読んだ作家は? と聞かれると「シェイクスピアです!」と

答えることができてしまいます。結婚記念日をジュリアス・シーザーの暗殺日にしてしま

う程度には(!)大好きなのです。

 本来シェイクスピアは舞台で見るのが一番とは言え、読んでも楽しいシェイクスピア、

そして先程述べたライトノベル、組み合わさったら面白いに決まってる! と思っていた

のですね。

 そう思っていたら出ました。

 それが、第17回小学館ライトノベル大賞・審査員特別賞受賞『かくて謀反の冬は去り』

です。

 まず、あとがきで著者さん自らが語っている様に、この物語のオマージュ元は、シェイ

クスピアの『リチャード三世』です。リチャード三世といえば、足の悪い背中の曲がった

主人公が(史実ではそうではないのですが、ここを話すと大変長くなるので割愛します

)、知恵と野心を駆使して王になり、そして破滅していく、愛と野望と絶望が入り乱れた

とてもスリリングなスペクタクル宮廷陰謀劇です。

 本作『かくて謀反』も主人公は王様の弟でありながら、片腕と片足に障害を持つ青年ク

シヒコ殿下。タイトルの『かくて謀反の冬は去り』という言葉もまた、シェイクスピアの

戯曲『リチャード三世』のオープニングに使われている有名な一文です。

 つまり、読む人がシェイクスピアを知っていた場合、もうこの時点で「おやこれはリチ

ャード三世だ! これからとっても面白いドロドロ暗黒宮廷陰謀劇がくるぞ!」とわかる

わけなのです。

 そしてこの物語の舞台は、とある島国の王国。おじいちゃんの代の頃までは石で出来た

斧などで戦っていたのに、この主人公のクシヒコ殿下の時代には銃も車も飛行機も存在す

る、そんな「一体なにがあったの?」というレベルで一気に文明が発達した、摩訶不思議

な王国なのです。主人公の名前は古代日本風、王様は「だいおう」「おおきみ」などとい

うルビが降られるちょっと個性的な世界観の王宮で、誰がどう動くのか、まったく先が読

めないワクワク腹黒パラダイスな宮廷陰謀劇が繰り広げられる、というわけです。

 この物語は主人公クシヒコ殿下の兄である大王が突然死んでしまい、その後を継ぐのは

誰だ? という騒動を描いています。

 さらに本作品を一言で表すと、「本能寺の変:無実の明智光秀視点」である、と著者さ

んは言っています(もうここでひとつネタバレなのですが、文庫本に付属していた広告に

堂々と書かれていたのでご容赦願います)。

 つまり、主人公は無罪なわけです。

 誰が兄王を殺したのか? そしてこの身体的にハンディキャップのある主人公はどうす

るのか? 皆からは兄を殺したと思われているし、他にも王様になりたそうな人もいるし

、宮廷には何だかよくわからない個性的な人があちらこちらにいるし、誰が敵で誰が味方

なのかもよくわからない、さあ大変だ! というわけなのです。

 一歩間違えたら自分だって暗殺されてしまうかもしれない状況に追い込まれたこのクシ

ヒコ殿下が、周りはほぼ敵だらけの宮廷で、己の身体のハンディキャップも計算の上、ひ

たすら頭を使い、魅力的な腹心の部下や、個性的な脇役達、腹の底の読めない人間しかい

ないこのおっかない宮廷を、自らも野心を抱えながら突き進んでいく。そんな物語なので

す。

 作中の節々にシェイクスピアの台詞があったり、物語独特の古代日本的な名残があった

り、腹黒と曲者しかいないワンダーランドの、読みごたえある宮廷陰謀劇を、ライトノベ

ルでじっくりと味わうことができるのです。

 もちろんライトノベルなので漢字にはルビが振られていて、挿絵もたっぷり入っていま

す。表紙のおねえさんがちょっと刺激的で(そこが良いのですが!)、電車とかで読むの

は……という人はブックカバーを買ったり貰ったりしても良いと思います。

 なお、続編も出ており、こちらは『マクベス』がモチーフになっています。こちらも相

変わらずの面白さ。そしてコミカライズも決定しています。買うなら、もしくは読むなら

今がベストだと思います。

 そう、ライトノベルでシェイクスピアのエッセンスがこんなにもたっぷり味わえて、し

かもこんなにもエンタメ性が高くて、読んでいてとても楽しい本が出てきてくれるなんて

、いい時代になったものだなあ……と長年のシェイクスピアファンはしみじみすること請

け合いです。

 さらには、ライトノベルは読んだことあるけどシェイクスピアってなんか難しそうで

……という人にもとてもおすすめできる一冊です。

 由緒正しき(?)王位継承スペクタクル陰謀劇であり、ライトノベルならではのエンタ

メもたっぷりのこの一冊、是非一度、お手に取って見てくださいね。

@akinona(あきのな)

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