番好きな映画は?と聞かれて、あなたなら何と答える?きっと、いくつかのタイトルが頭に浮かぶはずだ。無難にやり過ごせそうなタイトルをチョイスするか、もしくは、思い切って自分しか知らないようなタイトルを発射してみるのも悪くない。さあ、どうしよう? ん、『BMXアドベンチャー』?……何それ、マンガ?
……となるのは目に見えている為、私は適当に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(’85米)と答えたり、『遊星からの物体X』と答えたり、ちょっと勇気を出して『RONIN』(’98米)と答えたりするのがせいぜいだが、本当は『BMXアドベンチャー』(’83豪)だ。世界で一番好きだ。ニコール・キッドマンの映画デビュー作としてくらいしか名の挙がらないこの映画は、彼女のその後を象徴するようなきらびやかでパワフルな傑作なのである。
オーストラリアの海沿いの街に住む、BMX好きの若者3人組(そのうちのひとりがニコール・キッドマンである)が、銀行強盗の隠したバッグを盗んだことで追われる身となる。
ストーリーはたったこれだけだ。物語の深みなんてものは一切なし。青春映画とも言えそうだが、3人組の人生や人間性については一切描かれず、ひたすら陽気にBMXを乗り回す若者として居続ける。ケンカもしない。落ち込んだりすることもない。恋愛に発展する様子もなく、人間的成長が描かれるわけでもない。最初から最後まで、まったく同じ状態で存在している。
じゃあ、91分の上映時間で、一体何をやっているのか?ひたすら追いかけっこをしている。追う側の強盗と、逃げる側のBMX。余計な要素は一切必要ナシ。今じゃ滅多にお目にかかれないほど、愚直に娯楽だけを追及している映画なのだ。まずもって、このB級精神が素晴らしい。そのうえ、全編にわたって活劇のアイデアが乱打される豊かさに、ワンショットでスマートに状況を語ってみせる手腕も備わっている。ブツの受け渡しを見せたいなら、車から車へバッグを渡す手を撮ればそれでいい。この記事を書くために改めて見返してみて何よりも感じたのが、この優れた効率性だった。のちにハリウッドに渡り、低予算ジャンル映画を量産する職人監督となるブライアン・トレンチャード=スミスの技は感動モノだ(本人も、自身の監督作のうち本作をフェイバリットのひとつに挙げている)。
そして、何よりも観客の目を引くのが、のちに『イングリッシュ・ペイシェント』(’96米)でオスカーを受賞し、近年では『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(’15豪・米)の撮影も担当しているカメラマン、ジョン・シールによる色彩の美しさだろう。映画が始まってすぐ、海と空の強烈な青色に目をやられる。こんなに海が青い映画は見たことがない。ウェス・アンダーソン映画を彷彿とさせるような銀行や警察署のデザイン(日本だとまず考えられないほどカラフルだが、まさかオーストラリアでは普通なのか?)も相まって、今すぐに外に飛び出したくなるような、ゴキゲンな映画に仕上がっているのだ。
本作に登場する主人公たちも、強盗たちも、みな外にいる。誰ひとりとして、家に帰る様子がない。真っ青な空と海と共に、彼らはひたすら、外で行動をし、遊び続けるのだ。ボスに急かされている強盗たちはともかく、主人公たちは、ずっと遊んでいるように見える。強盗に追われ、BMXを抱えたままウォータースライダーを下るニコール・キッドマンが笑うのは何故か?ケチな強盗をオモチャに遊んでいる最中だからである。
遊んでいるのは、何も主人公たちだけではない。監督のブライアン・トレンチャード=スミスもその一人だ。中盤、工事現場のシークエンス。物語に一切付与しない、何の意味もないあのスペクタクルに、(おそらく)本編中で最も高い予算が使われているのは、「これを撮りたかったから」という無邪気な理由でしかないだろう。本当に、あのスペクタクルの意味のなさには涙が出てくるほどだが、出来事に意味も理由もへったくれもないのだ。映画であればなおさらである。
私も外に出て、遊ぼう。何でもいいから、空の下にいよう。出来事は、いつも外で起きる。そう思わせてくれる映画だ。
ライター:城戸