あなたは飛行機?それともグライダー?『思考の整理学』を読む

· 教養

 「大学生におすすめの本」という特集を見るとだいたい何故か見かける、まさしく鉄板の本が、何故か我が家にもありました。

 それは『思考の整理学』。外山滋比古著。ちくま文庫です。多分ですがどこの大学内の書店でも置かれているであろう一冊。Amazonによると、


累計発行部数295万部突破!

東大・京大で読まれ続ける「知」のバイブル

文庫化から39年、累計132刷

時代を超えたベスト&ロングセラー


 読みやすい文字の大きさになり、かつ著者の講義なども収録された新版が2024年に出たようです(なお私の家にあったのは1968年の第一刷です)。しかし、何故そこまで長年この本は愛されているのでしょうか。


 第一章のタイトルは『グライダー』。著者は学校のことを「グライダー人間の訓練所」と称しています。学校では引っ張られるままに、どこまでもついていく従順さが求められ、勝手に飛ぶのは規律違反、自力で飛ぶことが出来ず、優等生はグライダーとして優秀なのだ、という話です。

 そしてそういう人間こそ、卒業間近になっていきなり論文等を書け、と言われると「自力で」飛ぶ力がないせいで、慌ててしまう………。


 私はそもそもが飛ぶのが下手な、決して優秀ではない学生だったので「そ、そういうものなのか…」と素直に受け取ってしまいましたが、東大や京大に行くように育てられた人達にはきっとこの言葉がとても心に響くのでしょう。


 ちなみにグライダーではなく自分で物事を発明、発見するのが「飛行機能力」である、と説かれています。

 グライダーではなく飛行機の能力を兼ね備えた人間になるには何を心がけるのか。どうしてグライダーだけではいけないのか、昨今ではコンピューターという「飛び抜けて優秀なグライダー能力の持ち主」が現れたので、グライダー型の人間は一体どうなってしまうのか(後述します)。

 これが30年以上も昔に書かれたというのだから驚きですね。


 別の章『朝飯前』では、朝にする仕事こそが人間にとって自然であるということが説かれています。最近で言うところの「朝活」みたいなものでしょうか。


「だいたい、胃袋に何か入れたあとすぐ、頭を使うのはよくない。消化のために血液がとられて、頭はぼーっとする。それが当たり前で、学校の生徒が、午後の授業で睡魔に襲われるのは健康な証拠である。ああいう時間に勉強させようというのがそもそも間違っている」(p25)


 給食(昼食)のあとの授業の、あの耐え難い眠さを思い出してしまいます。


 その他にもこのように、学生達に寄り添った視点で、創造的ということは一体いかなるものなのか、学生に必要なメモやノートの作り方、傾聴の仕方、文献の読み方、スクラップの取り方、といったことが軽妙な文体で、的を射た、得心のいく文章で綴られています。


 一章一章がそんなに長くないので、読書にそこまで慣れてない学生さんでもするりするりと読めてしまいますし、大人になってから何となく読んでも「ああわかる……!」となるわけです。


 そしてこの『思考の整理学』は、その名の通り、自分の考えをきちんと整理する大事さを説いています。アイデアを「寝かせる」こと、出来る限りノートないしカードへ記載・記録すること、手帖を持ち歩くこと、何かを思いついたらその場でメモをすること、頭を整理する上で大事なのは睡眠、そして忘却することである、etcetc……。


 ある意味では、論文を書くために身につけることでもあり、社会に出る前に身につけておくべきことの数々でもあるこれらのことは、きっと色んな人がこの一冊を基本的な指針や初歩的なルールにしてきたがゆえの今日の定番であり、ベストセラーなのだろうなあ……と何だかしみじみしてしまいます。

 クリエイティブに生きていきたい人にも必読の一冊だと思います。


 そして著者はこう述べています。


「仕事をしながら、普通の行動をしながら考えたことを、整理して、新しい世界をつくる。これが飛行機型人間である」

(p196)


 更には30年以上も昔に書かれた本であるというのに、コンピューターという存在について一番後ろに1章を費やしています。


「機械と人間との競争は、新しい機械の出現によって"機械的"な性格をあらわにする人間の負けに終わるのである。(中略)しかも、人間の方がコンピューターよりもはるかに、能力が劣っているときている」

(p213)


 そう、学校教育で生み出されるグライダー型の人間では、決してコンピューターには太刀打ちできないのです。

 30年前ですらそうだった、ということは現在の更に発達したコンピューター相手では推して知るべし、というやつです。


 この本は、「知ること」より「考えること(方法)」に重点を置き、人間が人間らしくあるためには

「機械の手の出ない、あるいは出しにくいことができるようでなくてはならない」

(p214)


とあるのです。便利なAIが世を席巻しつつある今、これはものすごく重要な考え方ではないでしょうか。今の世の中を見透かしているようなこの一文に、心がざわっとしたのは私だけでしょうか。

 この本はこう締めくくられています。


「人間らしく生きていくことは、人間にしかできない、という点で、すぐれて創造的、独創的である。コンピューターがあらわれて、これからの人間はどう変化して行くであろうか。それを洞察するのは人間でなくてはできない。これこそまさに創造的思考である」

(p215)


 グライダーのように、誰かの何かに引っ張られて飛ぶか、飛行機のように自分の操縦で飛ぶか。最近の無人機はAIが搭載されていて、特に何もしなくても自動的に目的地へ飛んでいくものもあります。


 人間は、それでも創造的思考というものを発揮していかなければならないのです。


 記憶と再生を中心とした教育から抜け出して、本当の人間を育てることが、きっとこの本が書かれた当時よりも急務で責務になっているのだと思います。


 昨今流行りの生成AIを使えば、表面的には『創造的』なこともできる現代において、この学生向けベストセラーの定番の1冊はもしかすると、もっと重要なことを私達に訴えかける1冊になっているのかもしれません。

 それが何かということを、じっくり「考えて」みませんか?


@akinona


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