大阪市の天王寺駅が最寄りのあべのハルカス美術館で、4月5日から始まった「ジャン=ミッシェル・フォロン」の大回顧展がまもなく終焉を迎えます。
ベルギー出身のジャン=ミッシェル・フォロン(1934ー2005)は、アメリカの雑誌にドローイングが掲載されたことをきっかけに、世界中でその多彩な才能を披露してきました。
詩的でユーモラス、柔らかな色彩と優しいタッチで表現された彼の作品は、没後20年の現在もなお多くの人々を魅了しています。
フォロンといえば『空想旅行案内人』と記載された一枚の名刺が有名です。実際に彼が使用していたとされるこの名刺は、展示室入口に飾られていました。空想旅行案内人の名の通り、彼自身も世界中を旅し、その目で見た事象や現実を捉え、メッセージを含みながら、独特の表現技法でその”空想世界”へ私たちを誘います。
今回はジャン=ミッシェル・フォロンが連れ出してくれた世界を、少しだけお伝えします。
「あらゆる方へ」

「あらゆる方へ」と題されたこの作品は「都市のジャングル」(2作品)とのシリーズとも思わしき意味深なドローイングです。
『まるで思考停止直前のわたしのようだな…』直感的にそう思いました。あれもやらなきゃいけない、これも手を付けなきゃ、ああでもこれも考えておかないと…考えるだけで疲弊しそうな頭の中を具象化したような印象と見抜かれたかのような衝撃を受けました。
つづく「都市のジャングル」では高層ビルに振り回される人たちが描かれ、まるで現代の人々を揶揄しているかのような作品です。これらが1970年に制作されたということは、フォロンが観たときにはすでに人々は”考えること”に振り回されていたのかもしれません。


「都市のジャングル」(制作年不明)
理想とする幸福



フォロンは絵画のほかに、写真、ポスター、彫刻、オブジェ、アニメーションなど幅広いジャンルで多くの作品を残しました。注目したいのがフォロンの哲学(もしくは持論)として彼が言い残した言葉たちの展示です。

バラエティー番組で司会がゲストに聞くような質問が並び、それぞれの穴を覗くとフォロンの回答が見える仕掛けです。
複数ある問いの中から『理想とする幸福』に着目してみましょう。まさに哲学的な問いかけ、または恥ずかしいほどの壮大なテーマで恐縮してしまいそうですが、覗き込むと『人生を理解すること(Comprendre la vie)』とありました。なるほど、幸福を手にするには相当な時間を要するのだなと感心しました。
筆者にとっては”健康で過不足がない状態”が幸福と捉えています。読者のみなさんにとっての『理想とする幸福』とはなんでしょうか?
戦
争というテーマ

かわいらしい柔和な作風が印象的なフォロンの作品ですが、強いメッセージが含まれているのも特徴のひとつです。とくに1939〜1945年の第二次世界大戦を経験しているフォロンは、戦争という現実に起きている残酷な出来事に対しても目をそらさずに想像することを訴えています。
「ごちそう」

「ごちそう」(水彩/1983年)では骸骨を模した人物が、皿に並べられたミサイルをフォークを使って口へ運んでいます。頭上では原爆が投下されたときのキノコ雲のようなものが横に広がり、瞳は充血したかのように真っ赤に染まっています。
フォロンは、戦争は世界のどこかで起きている絵空事ではなく、一つの現実であることをアピールしています。時代の矛盾や不条理、理不尽を作品に残すことで多くの人に訴求しているのです。彼は、結局戦争は永年続くことを想像し、こんな言葉を残しました。
「絵は、木や花と同じで、役には立ちません。しかし、木も花もなければ、私たちはみな死んでしまうでしょう」。
世界人権宣言

第3条「安心して暮らす」
1948年12月10日の第3回国際連合総会で採択された世界人権宣言の40周年を記念して、アムネスティ・インターナショナルが書籍化を決定し(1988年)、各条約文に合わせた挿絵をフォロンが担当しています。
30の条文のうち19項目の挿絵を水彩で描き、今もなお権利や自由をないがしろにされている現実を取り上げて表現しました。
とくに下記の作品に注目です。
- 第3条「安心して暮らす」
- 第4条「奴隷はいやだ」
- 第9条「簡単に捕まえないで」
- 第19条「言いたい、知りたい、伝えたい」
いずれも世界治安、階級制度、罪人の人権、表現の自由など、決して簡単ではなく現代でも解決に至っていない問題ばかりです。フォロンの想像の世界が、令和の現在も続いているようではないでしょうか。
本展では230点ものさまざまな作品が6月22日(日)まで展示されます。展示室では写真撮影も可能。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
展覧会名:「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」
会期:2025年4月5日~6月22日
会場:あべのハルカス美術館
所在地:大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16F
ライター:石倉佳奈
広告代理店で6年間営業マンとして勤務したのち、1年間日本全国の美術館をめぐるひとり旅へ。現在は美術館で看視員をしながらフリーランスライターとして活動中。国内の美術館を全制覇するのが夢。全制覇するのが夢。