”デスクトップ・ノワール”というクールな呼び名のジャンルがある。その名の通りPCのデスクトップの画面を中心に物語の進む映画のことで、日本でも大ヒットした『search/サーチ』(’18米)とその続編を思い浮かべる人は多いだろうし、私と同じく『アンフレンデッド』(’14米)と『アンフレンデッド:ダークウェブ』(’18米)という傑作シリーズをこよなく愛する人だって少なくないだろう。”デスクトップ・ノワール”という言葉が生まれる以前に制作された『ブラック・ハッカー』(’14西)を覚えている人だって少なからずいるだろうし、コロナ禍におけるZOOMの台頭にインスピレーションを受けた『ZOOM/見えない参加者』(’20英)を忘れるのはまだ早いだろう。いやいや、90年代に『ジャージー・デビル・プロジェクト』(’98米)という意欲作があったじゃないかと声を上げる映画通だっているはずだ。また、パソコンではなくスマホの画面が中心ではあるが、若きライブ・ストリーマーのバイオレントな暴走を描いた『スプリー』(’20米)や、迷惑系YouTuberの味わう恐怖を描いた『ダッシュカム』(’21英・米)など、パソコンやスマホの画面だけで語られる映画は、決して多くはないものの、それなりに制作されてきた。
そんな中でも、極端に知名度の低い作品がある。2013年制作のアメリカ映画『デス・チャット』がそれだ。ニューヨークの映画学校で学んだザカリー・ドナヒューの長編デビュー作であり、ほとんど全編、PCの画面だけで語られる、まさにデスクトップ・ノワールである。
世界中のユーザーとランダムでコミュニケーションを取れるWEBサービス、『the Den』。社会学の研究のため助成金を受け取った大学生のエリザベス(メラニー・パパリア)は、サイトにログインして多くの人たちとの交流を試みることに。カメラが繋がった瞬間に性器を露出したり、卑猥な言葉を投げかけてきたりといった悪質ユーザーを次々にいなしていると、とある静止画の女性とマッチングする。彼女は、次第に不自然な挙動を見せ始め……。
本作にインスピレーションを与えた『Chatroulette(チャットルーレット)』を覚えている人はどのくらいいるだろうか。作中の『the Den』と同じく、ランダムで世界中の人と繋がることのできるサービスだ。私も高校生の頃に何度かルーレットを回したことがあるが、英語ができないとどうしようもないんですぐにやめた。日本でも『斉藤さん』が中高生を中心に流行したし、現在でも『Omegle』など、ランダムチャットサービスには多くのアクティブユーザーが存在している。皆、コミュニケーションを求めているのだということがよく分かる。
しかし、そのコミュニケーションの目的は人それぞれだ。本作の主人公・エリザベスのように人間の研究のためかもしれないし、性的欲求の発散のためかもしれないし、殺す相手を探すためかもしれない。
『デス・チャット』は、そんな不特定多数の人間の悪意を垣間見られる、非常に現代的なホラー作品である。インターネットでの悪意が、次元を超えて徐々にこちらへと近付いてくる恐怖は、あまりにもおぞましく、痛々しい。悪意を持った人間に「なぜ?」と聞いても返事はない。理由のない悪意の標的にされた主人公は、無事に生き延びることができるのだろうか?
これは面白いよ。ランダムチャットが舞台の分、物語に付与しない名もなき変人たちが多数登場するのが魅力だ。たとえば愚直に物語を追い続ける『search/サーチ』と比べるならば、意味のないオブジェクトたちが生き生きとしている本作のほうを私は推す。デスクトップ・ノワールに分類される作品群は、どうしてもインターネットを「道」として描きがちだが、本作のインターネットは「場所」として徹底されているのだ。
インターネットにくだらない感傷を抱いている私のような平成かぶれならば、確実に楽しめるはずだ。本国アメリカではそれなりの知名度を誇っている(たとえば『omegle』にてマッチングした相手に恐怖を与えるイタズラで人気を博すライブストリーマーhyphonixのパフォーマンスの中には、本作のオマージュと思われるものがある)ようではあるが、日本ではあまりにも知られておらず、この無視のされ方は不当といっても過言ではない。サブスクにもなければTSUTAYAに置いてあることも少ないが、取り寄せでも何でもいいから見てほしい。映画を見るのにちょっとくらい苦労したって構わないだろう。
ライター:城戸