<世界のAD>ヨーロッパのマーケティングキャンペーン:4つの主要トレンド

· アート,デザイン

2025年、ヨーロッパのマーケティングと広告は、新たな段階へと突入している。大胆なクリエイティビティ、文化的感受性、そしてテクノロジーの融合が特徴だ。大陸全体でブランドは、どのようにしてオーディエンスとつながるかを再考し、伝統と革新を掛け合わせ、従来の広告を超えた新しいフォーマットに挑戦している。

本記事では、2025年のヨーロッパのマーケティングを形づくる4つの主要トレンドを、代表的なブランドキャンペーンとともに紹介する。バーガーキングの挑発的なアプローチからダヴの真摯なストーリーテリング、グッチのソーシャルメディア主導戦略、そしてAI(人工知能)の台頭まで——企業がどのように消費者との関係を再定義し、感情的な共鳴を築き、複数市場における「関連性」を維持しているかを探る。

トレンド1

ユーモアと「バッドバタイジング(Badvertising)」の台頭

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現代のメディア環境は飽和しており、オーディエンスは分散し、SNSでのエンゲージメントは低下し、注意持続時間も短くなっている。こうした中で、ユーモアはもはや「選択肢」ではなく「必須要素」となっている。タイミングの良いジョークや遊び心のある仕掛けは、洗練されたスローガンよりも効果的に人々の目を引く。特にテレビ広告の尺が短くなり、広告枠が減るなかでその効果は際立つ。

ただし、ユーモアを扱うにはかつてない制約がある。ヨーロッパでは広告規制が厳格化し、最も単純なクリエイティブ表現ですら「不適切」や「浪費的」と見なされることがある。テレビは厳しく監視されており、一方で消費者の注目が集中するデジタル領域には十分な規制が追いついていない。このギャップが、ブランドにより創造的で機知に富んだユーモア表現を求める状況を生み出している。

このような背景の中で、2025年は「バッドバタイジング(Badvertising)」の再来を象徴する年になるかもしれない。これは、皮肉や挑発、ブラックユーモアを武器にした広告手法である。長年にわたって「グッドバタイジング(Goodvertising)」――すなわち社会貢献やポジティブな感情に焦点を当てた広告――が主流だったが、観客は今、より鋭く、刺激的で、驚きを伴う表現を求めている。

「バッドバタイジング」はポジティブな価値観の否定ではなく、その再調整である。肝心なのは、挑発と共感のバランスを取ること――刺激的でありながらも嫌悪感を与えず、衝撃を与えつつも本質的であることだ。うまくいけば、退屈な広告に慣れた人々の感覚を呼び覚まし、ブランドの印象を鮮烈に残すことができる。

代表的な例が、2020年にヨーロッパで展開されたバーガーキングの「Moldy Whopper(カビたワッパー)」キャンペーンだ。広告には、時間の経過とともに腐敗していくワッパーの姿が映し出された。このビジュアルはマーケターの間で賛否両論を巻き起こしたが、メッセージは明確だった。「人工保存料を使用しない本物の食べ物は、自然に腐る」。

一見すると不快に思えるその映像は、「本物」である証明として再解釈された。美的にさえ提示された腐敗の過程は、アイスランドに保存されている10年以上変化しないマクドナルドのハンバーガーへの強烈な対抗表現でもあった。バーガーキングはこの挑発的手法で「嫌悪感を品質の証拠に」変え、注目をブランド資産へと転換した。

このキャンペーンの最も注目すべき点は、その持続力である。発表から数年経った今も議論が続いており、大胆なクリエイティブの力を証明している。好悪は分かれるものの、「Moldy Whopper」はなおも語られ続けており、広告が飽和した時代において「論争」こそが最強の注目ドライバーであることを示している。

トレンド2

エンタメから「リアリティ・アドバタイジング」へ

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2025年の広告は、もはや単なる「エンターテインメント」ではない。人々が自分自身を重ねられる「リアルな物語」を描くことが求められている。感情的訴求はいまだ重要だが、かつてのような過剰なドラマ性ではなく、共感と日常のリアリティを軸にしている。

この流れは、「リアリティ・アドバタイジング(Reality Advertising)」と呼ばれる新たな潮流を象徴している。かつて広告は非日常の世界を描くことで、人々に夢や逃避を与えてきた。しかし現在はその逆だ。日常生活のリアルを映し出し、観客が「理想化される」よりも「普通であること」を感じられるような広告が支持を集めている。

このリアリティを表現するためには、新しいルールが必要だ。もはや光沢感のある演出や完璧なモデルは歓迎されず、消費者の実体験や心情に寄り添うことが求められる。SNS上に溢れる「偽りの完璧さ」への反動として、「本物らしさ(authenticity)」が不可欠な価値となった。

この方向性を象徴するのが、ダヴ(Dove)の「Reverse Selfie(リバース・セルフィー)」キャンペーン(2021年)だ。SNS上の完璧な自撮り文化に警鐘を鳴らすこの映像では、華やかに見える女性の写真が徐々に逆再生され、最終的に「年齢を偽ろうとする13歳の少女」へと戻っていく。

この作品は、多くの人が日常的に直面している問題――SNSがもたらす「理想の自己像への圧力」――を真正面から描いた。結果として、ダヴは「リアルビューティー」を掲げるブランド理念を強化し、キャンペーン後にはブランド好感度が21%上昇、売上は11%増加した。リアリティと感情を結びつけたこのアプローチは、社会的にも商業的にも成功を収めた。

トレンド3

ソーシャルファーストとインフルエンサーの力

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広告は今、ソーシャルメディアによって根本的に再構築されつつある。かつては「360度メディア戦略の一部」として扱われていたソーシャルが、今やクリエイティブ戦略の「中心」となった。特にTikTokの影響は大きく、そのフォーマットはテレビや映画といった従来の領域にも波及している。

この変化により、メディアの優先順位も変わった。ブランドはテレビや紙媒体を離れ、デジタル完結型またはインフルエンサー主導のキャンペーンへとシフトしている。たとえば米ロレアルは100人の皮膚科医をインフルエンサーとして育成し、投稿の3分の1でブランド製品を紹介させた結果、カテゴリー売上が30〜40%増加した。

インフルエンサーはもはや「補助的な存在」ではない。彼らは文化的信頼性と感情的共鳴力を持つ現代のストーリーテラーだ。彼らが生み出すのは単なる宣伝ではなく、リアルで共感を呼ぶ「物語」そのものである。

象徴的な例が、フランスのエージェンシー Fred & Farid とインフルエンサー Michou による「Candy’Up」コラボレーションだ。Michou の世界観に完全に沿った商品を共同開発し、文化的影響と商業成果を両立させた。

ラグジュアリーブランドの分野では、グッチのInstagram・TikTok戦略が注目される。ブランドは従来のルックブックをやめ、インフルエンサーやユーザー参加型コンテンツを中心に、文化的・双方向的な表現へと舵を切った。

特に「#GucciModelChallenge」は象徴的だ。ユーザーが自分の服でグッチ風のスタイルを再現するというもので、グッチはこれを排除せずむしろ増幅させ、ブランドとユーザーの距離を縮めた。こうした姿勢は、ラグジュアリーが「参加型文化」と「ブランド独自性」を両立できることを証明している。

トレンド4

人工知能とクリエイティビティの未来

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これまでマーケターは、アンケートや直感に頼って消費者行動を予測してきた。しかしAIはこの構造を一変させた。アルゴリズムはリアルタイムで顧客データを分析し、嗜好を予測し、パーソナライズされたキャンペーンを自動生成する。購買履歴や閲覧傾向から商品を提案し、画像や動画、SNS投稿などの非構造データからもインサイトを抽出する。

AIによって「超パーソナライゼーション」の時代が到来した。ブランドは消費者が言葉にする前にニーズを把握し、個々に最適化されたコンテンツや体験を提供できる。チャットボットやバーチャルアシスタントは、問い合わせ対応だけでなく、画像から商品の識別や購入までを瞬時に完結させる。

さらにAIはデータ分析だけでなく、創造そのものにも影響を与えている。たとえば「AImagination」のようなツールを用いて、90年代の報道写真を再現するような没入型ビジュアルを生成する試みも始まっている。専門家の中には、「2025年こそAIマーケティングが本格的に到来する年」と断言する者もいる。

しかしAIは人間の創造性を置き換えるものではない。それを拡張するツールである。AIは技術・文化・デザインの知見を提供し、キャンペーンをより豊かにするサポート役だ。これからの時代に求められるのは、AIの力を活かしつつ、人間らしい直感・ユーモア・文化的洞察を持つクリエイターである。

アルゴリズムはアイデアを増幅できるが、記憶に残るキャンペーンを生み出すのは、あくまで人間の感性なのだ。

References