全ての恋はローマへ通ずる?古代ローマの恋愛ハウツー本『恋愛指南ーアルス・アマトリアー』を読む

· 教養

 古代ローマといえば、石で出来た大きな神殿があちこちに建ってて、水道もしっかり整備されてて、軍隊も強く、民は豊かでコロッセウムや大浴場を堪能する、どことなく質実剛健かつ華やかで豊かなイメージがあったりしませんか。


 そんな時代に、恋愛のハウツー本が出されていたことをご存じでしょうか。その名も『恋愛指南ーアルス・アマトリアー』。

 著者は詩人オヴィディウス。この本を出したら時の皇帝アウグストゥスに「なんて不埒なものを書いたんだ!」とブチ切られてローマから黒海付近に追放され不遇のうちに一生を終えた、という伝説(※諸説あります)まで残っているいわく付きの一冊です。


 今の時代でも本屋に行けば数多の恋愛ハウツー本が並んでいると思いますが、それの元祖ですね。そしてオヴィディウス先生はこの本で、こうのたまっています。


「恋愛は戦いの場である。もたもたしている奴らは退却しろ」(p66)


 結婚相談所のキャッチコピーみたいですね。今でも使えるんじゃないでしょうか。


「愛の戦場に兵士として初めて打って出ようとする者は、まず第一に、愛する対象となる相手を探すべく務めることだ。次いで心を砕くべきは、これぞという女性を口説き落とすことである。三番目には、その愛が長くつづくよう努めること」(p9)


 そして真っ先に、女性が集う場所を紹介してくれます。中でも一番は「円形劇場」に芝居見物にやってくる女性たちを「漁ってみることだ」そうです。

 女性の側からすれば、今から推しを観に行くのになんだかよくわかんない殿方に声をかけられるのは迷惑千万なんじゃなかろうか……と思ってしまうのですが、残念なことにそんな視点からは書いてくれないのがこの本の一番の欠点でもあります。とりあえず目を瞑りましょう。

 ローマの娯楽のひとつだった、競馬競技場での恋のハウツーをご紹介します。


「気に入った女性の隣に坐りたまえ。その女の脇腹にできるだけ君の脇腹をくっつけるのだ」(p15)


 はいこれが「この人痴漢です!」の概念のない世界の恋愛ハウツー本です。今これを目にした女性のほとんどが「ぶっとばすぞ!」と思ったに違いない、と私は確信しています。


「最初はまずありふれたことばを発するがよかろう。入ってくるのは誰の馬か、よろしいかね、熱心に訊くことだ。時を移さず、彼女が声援を送っている馬がどれだろうと、それに声援を送りたまえ」(p15)


 私的な思い出ですが、昔同じ職場にいた、野球選手年間を小脇に抱えて球場に通っていたカープ大好きプロ野球ガチ勢の女性が、「カープ女子」という単語が流行りだした途端に、球場でナンパにあったり付きまとわれたりしたけど「ああいうの全部邪魔」って堂々と言い放っていたことを思い出してしまいました。

 そして、


「お目当ての女性の膝に塵(ちり)が落ちかかるようなことがあったら、指で払い取ってやらねばならぬ。たとえもし塵など全然落ちかかってこなくとも、やはりありもせぬ塵を払い取ってやりたまえ」(p15)


 これは、もはや少女漫画のイケメンにしか許されない行為ですね。ちなみに、食卓の宴席もまた、「愛の口火」になるそうですが、


「夜という時間はどんな女でも美しくする。宝石を鑑定するときにも、紫色に染めた毛の織物を見極めるのにも、(女の)顔と身体を判定するのも、昼間と相談してやることだ」(p21)


 これは男女どっちにも言えることだと思います。合コンでかっこよく見えた男子を昼間に見かけたら何かしょぼかった的な現象、少なからずあると思います。知らんけど。


 さて、時の皇帝に追放されるくらいなのでもっとアダルティなこと書いてあるんでしょ、とお思いの方。その通りです。


「女がその旦那の愛人に傷つけられて悲しんでいるようなときも、言い寄ってみるべきだ。彼女が仇を討てるよう、君は尽力するがいい」(p28)


 流石は古代ローマ、昼ドラの世界にもきっちり対応しています。たとえばこの女の小間使い、つまり間を取り持ってくれるメイドをも「ものにすべきか」どうかなども「順番に気をつけてやれ」などというありがたいアドバイスがつらつら記述されているのです。更には、


「私は風紀取り締まりの側にまわって、諸君にただ一人の女を後生大事に守れなどというつもりはない。(中略)ただし罪深い行為は、上手いこと細工して隠しておくように」(p75)


 何と言うことでしょう。浮気の指南まで書かれているのです。内容はこうです。


「上手いこと隠していたことで、何か君のおこないがばれてしまったら、たとえそれがばれてしまったとしても、あくまでシラを切りとおすことだ。そんなときは降参してはならないし、普段より甘い態度を見せてもいけない。そんなことをするのは、心に疾(やま)しいところがあることを、はっきりと見せつけることになる」(p76-77)


 この妙なリアリティは何なのでしょう。著者を問い詰めたくなります。しかし時にはこんな、人を食ったようなアドバイスも混ざっていたりします。


「涙もまた役に立つ(中略)ー涙というのは都合のいいときにいつでも浮かんでくるわけではないからーぬらした手で目をこすっていたまえ」(p45)


 更には、


「意中の女性には値の張る贈り物をせよ、などと私は言いはしない。ちょっとしたものでいいのだが、ちょっとした品で、これぞぴたりというものを抜かりなく選んで贈るがいい」(p67)


 まあまあまっとうな、でもそれをどうやってやるのか、といったことが丁寧に書き連ねてあったり、


「やさしさあふれる詩をも贈れなどと、どうして私が勧めたりしようか。悲しいかな、詩歌は大して敬意を払われはしない。詩歌は褒められはするが、求められるのは立派な贈り物なのだ」(p68)


 当代随一の詩人であったオヴィディウス先生をしてこう言わしめる世の中だったことも窺えます。


 そして中盤以降は、ローマ神話の引用などが多くなってきます。ギリシャやローマの神話に興味がある人は、呼んでいて大変楽しい一冊でもあります。

 そしてクライマックスの第三章、女性読者に向けて書いている最後の方は、ちょっと引用しにくいもっと具体的にアダルティなことがつらつら書かれています。つまり「とても具体的かつ実用的なこと」です。お察しください。岩波文庫のギリギリを攻めている感じです!


 リアルタイム古代ローマ庶民のために認められたであろうこの本、現代の、特に女子から見たらまあまあ噴飯物の記述もいっぱいあるので、アウグストゥス皇帝よくやった、こいつやっぱ追放しようぜ! みたいな気持ちにもちょっぴりなります。

 ですが人類史上屈指の反映を誇ったとも言われる古代ローマの恋愛ハウツー本、恋に特別悩んでない人も、悩んでいる人も、ものの試しに一読してみてはいかがでしょうか。

 何か学びがあるかもしれません。


 ただし当方はそれに関して起きた一切の出来事に責任は取りませんので、そこのところは何卒ご了承ください。


@akinona

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