小泉八雲は如何にして亀をさばいて食ったのか〜『ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本』

· 教養

小泉八雲、またの名をラフカディオ・ハーンといえば『雪女』『耳なし芳一』などで有名な『怪談』でよく知られている明治時代の文豪の一人です。


 ギリシャ生まれのイギリス人・ギリシャ人ハーフであり、19歳でアメリカに渡って苦労の末にニューオーリンズで新聞記者になり、そこで開催された万国産業博覧会の日本館の展示の取材がきっかけで後に来日することになるのです。


 そして作家として、新聞記者としてハーンが名前を挙げはじめたニューオーリンズですが、ここにはフランス人とスペイン人及び数多の有色人種との子孫が織りなす、優美なヨーロッパの文化と野趣溢れるアフリカ文化の入り交じった『クレオール文化』が花開いていました。


 この『クレオール料理』、ハーンはそうとうハマったらしく、なんと料理店経営という事業まで計画したことがあったそうです(ここでジャパンの文豪ではなくアメリカの料理人に彼がなっていた場合の日本の文化的損失を考えると背中がヒュッとなりますね)


 美味しい料理を食べさせてくれるご夫人の食卓に魅了され、その家の近くに引っ越してまで常連になり、クレオール文化と料理について書き記された本が、本書になります。


 つまり、あの『耳なし芳一』などで有名な『怪談』の小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、なんとアメリカでお料理本を書いていたのです。

 それも、後の日本でも発揮される民俗学者として文化の一側面である『食』について、友人達の家のご婦人方に聞いて回るスタイルで、です。


 しかし、このクレオール料理本、読んでいると時々『???』な箇所が出てくるのです。


例1 『血をきれいにするザリガニスープ』p29

(前略)そこにザリガニ三六匹とグリーンチャービル一つかみを加え、ザリガニが粉々になるまで徹底的にすりつぶす…(中略)…最大の効果を得たければ、このスープ以外は何も口にしないこと


 ザ、ザリガニ36匹?! このスープ以外は口にしてはいけない……? なんか怖いんですけど……?

 なお、p38に『ザリガニのビスク』というメニューがありましたが、そこですりつぶされるザリガニの量は50匹でした。36匹はまだ薄味なのかもしれません。


例2 『大人数向けの亀のスープ』p33

亀は料理の前日に頭部を切り落とし、よく血を抜いておく。調理日には次の手順で全体を切り分ける。まず、甲羅、腹部の殻、頭(前日に切り落としたはずでは……?)、足から腸と赤身部分を切り分ける。胆嚢(亀の胆嚢がどこにあるのかわかるの?)を切らないように注意すること。(中略)……甲羅と腹部の殻は骨をとりはずしやすいように少量の水で煮る(以下略)


 謎だらけです。むしろ『怪談』よりも、この手順で亀をさばいているラフカディオ・ハーンのほうが怖いですね。

 ちなみにこの後には『亀のスープ その2』『プレーンな亀もどきスープ』と続きます。亀はクレオール料理ではメジャーな食材なのでしょうか……。


 なお、これらのレシピが掲載されていたという小新聞「アイテム」紙には、

『なぜ生きたままカニをゆでるのか』

というユーモア(?)たっぷりの小文が載せられています。(1979年10月5日付)


「何でそんな残酷なことをするのか。でもゆでなかったらどうやって殺す? 首をちょん切ることはできねえ。カニには首がないもんな。背中を叩き割ることもできねえ。背中ばっかりだからな。出血多量で死ぬこともねえ。血がないんだからな。脳みそをぶっさすこともできねえ。あんたと同じで脳みそがねえからな」


ここでp47『カニのフリカッセ』のレシピの一部を見てみましょう。


よく太ったカニ六杯を洗い、生きているうちにはさみと脚を切り落とす。そのまま丁寧に洗い皿に並べる(中略)……カニは湯がくと風味が消えてしまうので、カニに取りかかるときは最後の最後まで生かしておくこと。


 それこそ『なんでそんな残酷なことをするのか』なのでは……? と思わずツッコまずにはいられません。

 なお、テラピンという淡水亀も、カニ同様生きたまま熱湯にいれ、甲羅と足の爪がはずれるまで茹でるようです(p49)


 クレオール料理はザリガニとカニと亀には優しくない模様。

 とまあ、阿鼻叫喚気味なレシピですが、この本にはきちんとしたデザートの作り方(タピオカなども!)、『リッチなウェディングケーキ』『花嫁のケーキ(極上)』の作り方、更には病人や病み上がりの人のためのレシピなども載っていて、こちらは一見すると比較的まともな料理になっています(作れるかどうかは別の話)


 最後に『タルタルソースの作り方』というコラムを略して紹介します。(p55)


タルタルソースを作るには二とおりのやり方がある(略)

 第一の方法。若いタタール人をつかまえる。老いたものは歯触りが悪いし汁気が少ない。タタール人を捕獲するのは一般的に言ってあまりたのしい作業ではないし、困難がつきものだ。ともすればあなたの生命をも犠牲にする恐れさえある。しかし真にタルタルソースを欲しているならあらゆる危険を覚悟しなければならない。タタール人を手中にしたらこっそり殺害し(※ちょっと残酷な表現のため略)蜂蜜のようにとろりとするまで弱火で煮込む。びっくりするほど美味しいタルタルソースが出来るはずだ。

 第二の方法は、固ゆで卵の黄身一個、マスタード小さじ一、オリーブ油大さじ一酢少々、パセリ少々ときゅうりのピクルスを細かく刻み、混ぜる。これだけだ。


 タルタルソースをつくるのに命をかけるクレオール料理、一度味わってみたいですが、タルタルソースは『第二の方法』で作られたものを所望したいな、と心から思いました。


 夏休みになり、ちょっと料理も頑張ってみたいな、と思った方が居たら、ぜひこの1冊を読んでみてください。ハーンとその妻がモデルの朝ドラ『ばけばけ』の予習にもなるかもしれませんし、全くならないかもしれません。

 ですが、奥深いクレオール料理の世界と、ユーモアたっぷりのラフカディオ・ハーンの一面を垣間見ることができることでしょう。


@akinona


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