2022年本屋大賞。全国書店員が選んだいちばん売りたい本に与えられる賞、そして第11回アガサ・クリスティー賞を受賞した作品に『同志少女よ、敵を撃て』(著者は逢坂冬馬、出版社は早川書房)があります。
これは第二次世界大戦における、凄惨極まりない独ソ戦の激戦地スターリングラードでの物語を、ソ連の女性の狙撃兵の視点から描いたフィクションの(実在の人物も出ますが)小説になります。
主人公はベルリン近郊の村で穏やかに暮らしていた、狩りが得意な少女セラフィマ。村をドイツ軍に急襲されて、母や村人達が惨殺されてしまい、自らも殺される寸前だったところを美貌の女性軍人イリーナに救われます。
そして母親を撃ち殺したドイツ人狙撃手と、母親の遺体を焼き払ったこのイリーナにいつの日か復讐するために、このイリーナが教官を勤める訓練学校に入り、一人前の狙撃兵になることを決意するセラフィマ。
同じ、あるいは似たような境遇で、戦うことを選んだ出自も性格も異なる少女達、後の女性狙撃兵達と過酷な訓練を重ねた後に、一同は最前線スターリングラードへ向かうことになるのです。
女性だけの狙撃小隊が辿る戦禍の諸相は、史実にきっちりと基づいて描かれています。
訓練や実践で育まれるシスターフッド、そしてシスターフッドで結ばれた大切な仲間の死だけではなく、戦場での理不尽な、そして圧倒的でおびただしい死。(犬が死ぬシーンがあるので苦手な人は気をつけてくださいね)
狙撃兵だけが知る命のやり取りやその職業ゆえの疎外感、軍隊の内外の様子、戦闘描写などが細やかにしっかり描かれています。
極限の状況下でイリーナに「戦いたいか、死にたいか」と問われ、結局は戦う道を選んだ主人公セラフィマの生き方、同じように「戦い」を選んだ彼女の回りの個性豊かな戦友、時には実在の人物とも関わったりして、話のリアリティにしっかりとした骨子を与えています。
そして『同志少女』にとっての『敵』とは本当は何だったのか、誰だったのか、硝煙と血煙が漂うスターリングラードで行われる怒涛の復讐劇、愛と赦し、そして決して赦されないものの交錯。ぐいぐいと読ませる展開の一冊でした。
終盤にはノーベル平和賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著『戦争は女の顔をしていない』の取材の話が出てきたり(この本または漫画を読んだ人にはとてもオススメしたい一冊になります)もします。
びっくりするほど穏やかにはじまり、穏やかに閉じていく物語ですが、たしかに、戦争はそこにあったのだ、後世へ伝えていかねばならないのだ、ということをじんわりと語りかけてくるようなエンディング。
ちなみにソ連では戦争時には100万人近くの女性兵士が動員されていたとのこと。たとえフィクションであっても、そのうちの一部の話をこうして目前に出されると、ぐっと心揺さぶられるものがあります。
文体もそこまで重厚長大というわけではないので、どんどんと、話に吸い込まれるように読めてしまいます。
戦争を扱った物語って、怖くてなんとなく敬遠してしまって……という人にも割とオススメできる一冊です。
(以前に『あの花』をレビューした時にも思ったのですが、人にはそれぞれ適した本のレベルやジャンル、出会いが存在すると私は思っています)
それゆえの本屋大賞受賞作品なのでしょう。
しかし、現代に生きる全国の書店員さんが、第二次世界大戦の独ソ戦を描いた小説を『これを売りたい!』と推挙する時代が来ていることにちょっとびっくりしてしまいました。
しかしながら、この本を読みながら、戦争とエンターテインメントというのは残念ながらものすごく相性が良くて、こうして『エンタメの枠に入れ込むことで』、戦争というとてつもなく恐ろしいものでも、するすると簡単に摂取できてしまうのだ、ということも忘れずにいなければいけない、と私は思います。
それでいて、こういう一冊を読むことで第二次世界大戦の独ソ戦という、私達には馴染みが深くない戦場の一端を知ることが出来る人もいる、ということもまた、忘れずにいたいな、としみじみ思いました。
史実の戦争を元に描かれたフィクションを心から堪能するためには、今読んでいる私たちの世界が『それなりに』平和である必要がある、と私は思います。
本を読む人間は(もちろん、言うまでもなく、読まない人間もそうなのですが)、戦争や平和に対してもっともっと敏感であるべきなのかもしれません。
早い話が、読書家だけにとどまらず世界中の人々にとって、戦争なんて本の中に書かれたものだけでもう十分なのです。
戦争は、人間の顔をしていないのですから。
既に起きてしまったことをよく知り、未来の平和にしっかりと繋げていかねばならないのだな、と思わされる時代に今生きている、という前提条件で、是非ともこの『同志少女よ、敵を撃て』、ご一読を。
今は文庫版も漫画版もありますよ!
@akinona


