
2月7日(土)から京都市京セラ美術館で始まった「特別展 日本画アヴァンギャルドKYOTO1948-1970」では、1940年代以降に結成された創造芸術・パンリアル美術協会・ケラ美術協会といった3つの美術協会を中心に活躍した当時の日本人芸術家たちによる軌跡が展示されている。彼らの反骨精神から生まれた日本画らしからぬ、しかし日本人らしい、現代の私たちがイメージする”日本画”とは逸脱する作品たちを通して、全く新しい創造の産物を見ていこう。
アヴァンギャルドとイメージの日本画

本展のタイトルにもある「アヴァンギャルド」とはなんだろうか?
「アヴァンギャルド」とはフランスにおいて、19世紀半ばに文化芸術的な用法として広まり、急進的な芸術家たちを指すようになったものです。その後、過去の伝統を見直し、革新的なものを目指す運動全般を広く示すようになりました。
(公式HPより抜粋)
フランス語(avant-garde)では「前衛(部隊)」を意味し、芸術やファッションにおいて保守的な価値観を否定し、実験的・革新的な表現を追求する姿勢や作品のことを言う。
筆者からすると本展で紹介された作品たちは『実験的かつ革新的で過去からの脱皮を試みる反骨精神の具象化』といった印象だった。つまり作家たちの気概がそのまま形になったような熱を感じたのだ。
たしかに、これまで筆者がここで紹介してきた日本画でも、琳派や上村松園、葛飾北斎をはじめとする浮世絵など、いかにも教科書にも載っているような”伝統的な日本画”であった。もちろんそれらも素晴らしい作品ではあるのだが、本展ではこのような古典的表現とは全く異質で、「これが日本画…?」と疑ってしまうほど逸脱したモノたちだった。
創造美術|旧体制への反省と伝統への批
判

太平洋戦争が終わり、日本が新しい時代へと動こうとしていた1948年(昭和23年)頃、京都画壇と東京画壇の計13人の画家たちが呼応して結成されたのが創造美術団体だった。
「我等は世界性に立脚する日本絵画の創造を期す」という意思のもと、古い権威や美術団体と関係を断った彼らは、若く野性的な芸術家たちとして世間からも注目されていた。
ここで、上の4つの作品を比べてみてほしい。
左から「ガンジス河畔の少女」秋野不矩(1908–2001)、「少憩」菊池隆志(1911-1982)、「男児生る」向井久万(1908-1987)、「黄昏」向井久万(1908-1987)でいずれも女性の全身が描かれた作品だ。
「ガンジス河畔の少女」は、白いサリーを纏ったスラム街のインド人女性で、粗目の油絵具で質感を意識した作品だ。俯き気味の目線とアクセントとなっている黄色の2本の花が印象的で、少女の日常を切り抜いたような情緒がある。
一方、「少憩」はモダンで都会的、当時のトレンドだった細眉メイクとシックな洋装に身を包んだ女性が椅子にもたれている。所謂、モダンガールであるモデルは、それまでの日本画的美人の概念から大きく外れたビジュアルなのだ。
向井久万の2つの作品を比べてみても、制作年によって随分描き方に変化があるのが分かる。「男児生る」は昭和16年、「黄昏」昭和29年に制作された。「男児生る」は作者自身の子どもが誕生したことに由来するが、線表現とすっきりした余白美は古典の踏襲とも見えるが、生命の誕生を歓ぶ爽やかな作品だ。しかし、13年後には、薄暗い雰囲気の中を集団で歩く女性たちを描いた「黄昏」を発表した。女性たちは太い線で描かれ、落日に照らされた女体がなんとも魅惑的だ。闇と光を表現したような本作は「男児生る」とはかなり異なる作画と言えるだろう。
パンリアル美術協会・ケラ美術協会につづく次章は、次回で話そうと思う。「特別展 日本画アヴァンギャルドKYOTO1948-1970」はゴールデンウィークまで開催。
展覧会名:特別展 日本画アヴァンギャルドKYOTO1948-1970
会期:2026年2月7日~2026年5月6日
会場:京都市京セラ美術館 新館東山キューブ
公式ホームページ:特別展 日本画アヴァンギャルドKYOTO1948-1970
ライター:石倉佳奈
広告代理店で6年間営業マンとして勤務したのち、1年間日本全国の美術館をめぐるひとり旅へ。現在は美術館で看視員をしながらフリーランスライターとして活動中。国内の美術館を全制覇するのが夢。。
