モロッコと聞いて、どんな景色を思い浮かべるだろう。
砂漠、ラクダ、タジン鍋。そして、SNSで一度は目にしたことがあるかもしれない、一面に広がる「青」。
モロッコ北部の山間に位置するシャウエンは、そんな「いつか行ってみたい」と思っていた場所のひとつだった。
正式には「シェフシャウエン」と呼ばれるこの街は、建物の壁や階段、扉までが青く彩られ、「青の街」として世界中の旅行者を惹きつけている。
今回はフェズからバスに乗り、憧れだったシャウエンへ。丸二日の短い滞在だったけれど、実際に街を歩いてみると、そこにあったのはSNSで見る美しい「青」だけではなかった。
人との出会い、ちょっとした警戒心、思いがけない日本とのつながり、値札のないお土産屋さん、猫たち、そして宗教とともにある日常。
写真の中では分からなかった「青の街」のもう一つの顔を見つけた旅だった。
フェズから憧れの青の街へ
フェズからシャウエンまではバスで移動。
バス停に到着した後はタクシーを呼び、シャウエンの旧市街に近いところまで向かうことにした。
シャウエンの旧市街は山の斜面に沿って広がっていて、道もかなり入り組んでいる。車がそのまま入れる場所は限られているため、Googleマップで旧市街へ入るゲート、いわゆる門の位置を調べ、できるだけ近いところでタクシーを降りた。
そして、ここからがちょっとした修行。
スーツケースを引きながら、ひたすら階段を上る。
坂道、階段、また階段。
「青い街を優雅に散策する」という私の頭の中のイメージとは、かなり違うスタートだった。
しかも、重いスーツケースを持っていると「持ってあげるよ」と声をかけてくる人もいる。
もちろん本当に親切な人もいるけれど、中には頼んでもいないのに荷物を運び、後からお金を請求するケースもあるという。
海外では「親切だからお願いしよう」とすぐに任せるのではなく、料金が発生するのか、最初に確認することが大切。
憧れの街に着いた瞬間から、旅の洗礼を受けた気分だった。
シャウエンに来たなら、ぜひリヤドに泊まってほしい

モロッコを旅するなら、一度は泊まってみてほしい場所だ。
リヤドとは、モロッコの伝統的な邸宅を改装した宿泊施設のこと。
外から見ると比較的シンプルな建物でも、一歩中へ入ると、中央に中庭があり、モザイクタイルや装飾、植物などに囲まれた美しい空間が広がっている。
一般的なホテルとは少し違い、その土地の建築や暮らしの中に泊まっているような感覚を味わえるのがリヤドの魅力だと思う。
荷物を置いて、いよいよシャウエンの街を探索する。
どこを撮っても「映える」でも、写真の裏側には行列があ
る

街へ出て、まず思った。
「本当に全部青い。」
淡いブルーから深い青まで、同じ青でも少しずつ色が違う。
壁も、階段も、扉も、植木鉢も。
どこを切り取っても絵になる。
「これ、SNSで見ていたシャウエンだ!」
と思わずテンションが上がる。
ただ、Instagramなどでよく見る有名な撮影スポットには、少し意外な現実もあった。
人気の場所では、写真撮影のためにチップを払う必要があるところもあり、さらに長蛇の列ができている。
SNSで見る写真だけを見ていると、「誰もいない青い街でゆっくり写真を撮れる」というイメージを持ってしまうけれど、実際には世界中から観光客が訪れる人気観光地。
それでも、少し路地を外れると人の姿がぐっと少なくなり、静かな青い世界が現れる。
個人的には、観光客で賑わう有名スポットより、何気ない路地の方がシャウエンらしさを感じられた。
「写真撮りましょうか?」その親切、本
物?
街を歩いていると、今度は「写真を撮ってあげようか?」と声をかけられる。
ありがたいような、少し警戒するような。
海外旅行では、それが純粋な親切なのか、その後に何かあるのか、判断が難しいことがある。
実際、私が写真を撮ってもらった人は、お金を要求してくることはなかった。
「良い人だった!」
と思っていると、そのまま自分が描いたフェズの風景画を販売しているお店へ案内された。
なるほど、そういうことだったのか(笑)。
もちろん、買うかどうかは自分で決められる。
決して悪い人ではなかったし、断ることもできた。
ただ、とにかく押しが強い。
モロッコを旅していると、「NO」とはっきり言うことの大切さを何度も実感する。
「世界三大ウザい国」って、本
当?
モロッコについて調べていると、時々「世界三大ウザい国」なんていう、なんとも失礼な呼ばれ方を目にする。
確かに、街を歩けば声をかけられる。
「タクシー?」
「お土産どう?」
「写真撮る?」
「こっちのお店見ていかない?」
次から次へと話しかけられるので、最初は少し疲れる。
でも、しばらくすると、それもこの国のコミュニケーションの一部なのだと思えてくる。
もちろん、しつこいと感じることはある。
でも、「怖い人ばかり」というわけではない。
むしろこちらが会話を始めると、意外なほどフレンドリーな人も多かった。
旅先では、警戒心を持ちながらも、すべてを疑いすぎない。
そのバランスが大切なのかも…と思いつつもお土産探しをするとそう言われる所以が分かる。
シャウエンには、風景画や絨毯、食器など、モロッコらしいお土産がたくさん並んでいる。
特に気になったのが食器。
独特の模様や色使いのものが多く、見ているだけでも楽しい。
ただし、露店では値札がないことが多い。
値段を聞いた瞬間、店員さんの目が変わる。
ロックオンされたような気分だ。
最初に提示された金額から交渉を重ね、結局、最初の価格の半額以下になった。
では、本当の値段はいくらだったのだろう。
もはや分からない。
でも、旅先のお土産は「いくらで買ったか」だけがすべてではない。
自分が気に入って、「この値段なら欲しい」と思えるなら、多少の駆け引きがあったとしても、それでいいのかもしれない。
とはいえ、買い物をするなら、最初から少し強気で交渉するのがおすすめだ。
日本人、珍しいらしい。
シャウエンを歩いていて、もう一つ強く印象に残ったことがある。
とにかく、見られる。
女子二人で歩いていたこともあるのかもしれない。
まるで「宇宙人が来た!」とでも言われているような視線を感じる。
そして、写真を一緒に撮ってほしいと声をかけられることも何度もあった。
最初は少し警戒していた。
けれど、話を聞いてみると、「日本人が珍しいから会えて嬉しい」ということだった。
中には「ONE PIECE!」「DRAGON BALL!」
と叫びながら、ニコニコして自分のスマートフォンの待ち受け画面を見せてくれる人までいた。
こんなに遠く離れたモロッコで、日本のアニメが共通言語になる。
改めて、日本のポップカルチャーの影響力の大きさに驚いた。
後からお土産物屋さんの人に聞いたところ、コロナ前までは日本人観光客もそれなりに訪れていたものの、最近はめっきり減ったそう。
そもそもアジア人自体が珍しく、中国人は時々見るけれど、日本人は特に少ないという。
実際にアジア人の見分けがどこまでついているのかは分からない。
でも「Japan」と伝えた時の反応は、みんな好意的だった。
「こんにちは」「ありがとう」と日本語で声をかけてくれる人も多い。
……もしかして、日本人=お土産を買ってくれる「いいお客さん」として覚えられているだけだったりして(笑)。
それでも、遠いモロッコで日本の文化が知られていることは、やっぱりちょっと嬉しい。
青い街を歩けば、猫に出
会う
そして、シャウエンには猫が多い。
青い壁の前にちょこんと座る猫。
階段の途中で昼寝する猫。
観光客を気にすることなく、我が物顔で街を歩く猫。
青い街と猫。
それだけで絵になる。
ただ、中にはかなり痩せ細り、毛が抜けている猫もいた。
観光地としての美しい一面だけではなく、そこで暮らす動物たちの現実も垣間見える。
「かわいい!」だけでは終わらない景色も、この街にはあった。
食事を探して、初めて感じた「宗教と日常」の
近さ

そして、旅をしていて意外と強く印象に残ったのが「食」だった。
モロッコ料理といえば、まず思い浮かぶのがタジン鍋。
円錐形の蓋が特徴的な土鍋で、肉や野菜、スパイスなどをじっくり蒸し煮にする、モロッコを代表する料理だ。
ほかにも、細かな粒状のパスタのような「クスクス」や、豆やトマト、香草などを使ったスープ「ハリラ」など、モロッコならではの料理がある。
ただ、正直に言うと……私はモロッコ料理がそこまで口に合わなかった。
もちろん美味しいものもある。
でも何食か続くと、「そろそろ違うものが食べたい」となってしまった。
そんなわけで、シャウエンではモロッコ料理以外のお店も探していた。
ところが、ここで思いがけないことが起きた。
街を歩いてみると、なぜか閉まっているお店が多い。
「今日は何か特別な日なのかな?」
そう思いながら探し続け、ようやく営業しているレストランを見つけて入ってみた。
ところが、メニューを見てまた驚く。
肉料理がなく、選べるのは野菜やクスクスを使った料理が中心だった。
私が訪れたのは金曜日。
モロッコはイスラム教徒が多い国で、イスラム教では金曜日は「ジュムア」と呼ばれる集団礼拝の日。イスラム教徒にとって一週間の中でも特に重要な日とされている。
日本で暮らしていると、曜日によって宗教上の習慣が街の営業や生活のリズムに影響することを、あまり意識しない。
だからこそ、シャウエンで「今日は閉まっている店が多い」「入った店にも肉料理がない」という経験をした時、初めて、宗教が単なる信仰ではなく、人々の暮らしのすぐ隣にあるものなのだと実感した。
もちろん、すべてのお店の休業やメニューの制限が宗教上の理由とは限らない。
また、イスラム教では豚肉を食べることが禁じられている一方、牛、羊、鶏などは、イスラム教の規定に沿って処理された「ハラール」であれば食べることができる。
旅行前に「イスラム教の国」と知識として知っていたとしても、実際に自分の食事が少し不便になってみると、その文化が急に身近に感じられる。
「なぜ今日はお店が閉まっているんだろう?」
「なぜこの店には肉料理がないんだろう?」
そんな小さな疑問から、その土地の宗教や暮らしを知っていく。
これも旅の面白さの一つだと思う。
……とはいえ、モロッコ料理に早々に飽きてしまった私は、最終的にイタリアンへ逃げ込むことにした。
頼んだのはラザニアとピザ。
ラザニアは……普通。
そしてピザは、私が想像していたものとは全く違った。
もちもちした生地を想像していたら、出てきたのはイングリッシュマフィンのような、粒々した食感のあるパサパサしたパン生地。
その上にチーズや具材が乗っている。
……うん。決して「美味しい!」とは言えない。
食文化の違いを、身をもって体験した昼食だった。
「ザ・リヤド」な朝を
迎える

翌朝は、宿泊していたリヤドの屋上で朝食。
シャウエンの青い街を眺めながらいただく朝食は、それだけで特別だった。
搾りたてのオレンジジュースがとても美味しい。
目玉焼きに、モロッコでよく食べられているパン。
そして、あまり甘くないクレープのようなもの。
ジャムやバター、ホイップクリーム、フルーツも一緒に並ぶ。
料理そのものが飛び抜けて美味しいというわけではない。
でも、朝の光に照らされた青い街を見ながら、リヤドの屋上でゆっくり朝食を食べる。
「これぞモロッコの旅」という時間だった。
憧れの青の街、その先にあったもの
一泊二日のシャウエン旅行。
やりたいと思っていたことは、ひと通りできた。
青い街を歩いて、写真を撮って、リヤドに泊まって、お土産を買って、現地の人と話して。
SNSで見ていた「憧れの場所」に実際に立ってみると、そこにはもちろん美しい景色があった。
でも、それだけではなかった。
観光客に積極的に声をかけてくる人たち。
日本のアニメを知っている人たち。
値札のないお土産屋さん。
路地裏の猫。
宗教とともにある街の時間。
そして、そこで暮らす人々の日常。
旅をする前は「青い街を見に行く」という、それだけの目的だった。
けれど、実際に歩いてみると、写真には写らないものの方がずっと印象に残っている。
憧れの景色を「見る」だけではなく、その街で人と出会い、少し戸惑い、笑って、時には交渉して。
そうやって過ごした時間が、旅の記憶になっていくのだと思う。
シャウエンは、確かに青かった。
でも、私の記憶に残ったのは、青い壁だけではない。
そこに暮らす人々の声や、猫の姿、異国で交わした短い会話、そして「日本」という言葉に返ってきた笑顔。
写真では切り取れないものに出会えたからこそ、憧れだった「青の街」は、ただの観光地ではなくなった。
(以上)
