街で白いスニーカーを眺めていると、ときどき側面に大きな「V」の文字が入った一足を見かける。
フランス発のスニーカーブランド、「VEJA(ヴェジャ)」だ。


一見すれば、ミニマルで少し上品なスニーカー。ところが、その靴ができるまでを遡っていくと、アマゾンの天然ゴム、ブラジルやペルーの小規模農家、フェアトレード、CO₂、さらには「広告をしない」という少し変わった経営思想までつながっている。
VEJAという名前はポルトガル語で「見る」という意味を持つ。
つまり彼らが消費者に求めているのは、靴を見ることだけではない。
その靴の“向こう側”まで見てほしい、ということなのだ。
サステナブルなスニーカーというより、「スニーカーの作り方」を変えた

VEJAのプロジェクトが始まったのは2004年。
ブランドが掲げてきたのは、環境に配慮した素材を使うことだけではない。社会的なプロジェクト、経済的な公正さ、環境負荷を考えた素材を、一足のスニーカーのサプライチェーンにまとめて組み込むことだった。
現在、キャンバスやシューレースにはブラジルやペルー産のオーガニック/アグロエコロジカルコットン、ソールにはアマゾン産の天然ゴム、モデルによってはリサイクルポリエステルなども使われている。生産は主にブラジルとポルトガルで行われている。
ただ、ここまでなら「環境配慮型ブランド」として珍しくない。
VEJAが面白いのは、その素材を誰から、いくらで買うかにまで踏み込んでいるところだ。
コットンを「安く買わない」

ファッション産業では、サステナブル素材を使っていても、その原料を作っている農家が十分な利益を得られているとは限らない。
そこでVEJAは、ブラジルやペルーの生産者団体からコットンを直接購入している。
しかも、市場価格が下がったからといって買い叩くのではなく、生産者とあらかじめ価格を決め、長期契約を結ぶ。
2024年には、VEJAはオーガニックコットン1kgあたり29.59ブラジルレアルを支払ったとしている。これは当時の市場価格のおよそ3倍だったという。
さらに収穫代金の最大50%を前払いする。
農家にとって重要なのは、単に高く売れることだけではない。「今年作った綿はいくらになるのだろう」という不確実性が減り、次の農作や設備に投資できるようになることだ。
サステナビリティというと、つい「何%リサイクル素材なのか」という話になりがちだ。
しかしVEJAがやっていることはもう少し経済学的だ。
環境に良いものを作る人が、経済的にも報われる仕組みをつくる。
これが彼らのサステナビリティの重要な部分になっている。
アマゾンの森に「伐採しない方が儲かる」という理由をつくる

さらに象徴的なのが、ソールに使われる天然ゴムだ。
VEJAによれば、2004年以来、4,382トン以上のアマゾン産天然ゴムを購入してきた。現在も市場価格より大幅に高い価格で生産者から買い付けているという。
ここには、単なる「天然素材を使っています」という話以上の意味がある。
アマゾンでは森林を伐採し、牧草地など別の用途に転換した方が経済的に有利になれば、森を残すインセンティブは弱くなる。
逆に、森の中に自生するゴムの木からラテックスを採取することで十分な収入が得られるなら、森林そのものが経済的な資産になる。
VEJA自身も、天然ゴムの直接調達によってゴム採取者の収入を支え、「森林を残すこと」に経済的価値を与えることが森林破壊対策につながると説明している。
森を守ってください、とお願いする。
それより、
森を守った方が儲かるようにする。
サステナビリティを善意ではなく経済インセンティブとして設計しているところが、VEJAの興味深い点だ。

VEJA最大の発明は「広告をしない」ことかもしれない

そしてVEJAを語るうえで外せないのが、「広告をほとんどしない」という方針だ。
VEJAは、一般的な大手スニーカーブランドでは大きなコストが広告やマーケティングに使われていると主張している。
そこでVEJAは、広告キャンペーンやブランドアンバサダーなどへの支出を極力抑え、その分を原材料や生産工程へ振り向けるというモデルを選んだ。
同社によれば、フェアトレード原料などを使うため、VEJAの一足あたりの生産コストは一般的なスニーカーより約5倍高いという。
普通のブランドなら、
安く作る → 広告で価値をつける。
VEJAはある意味、その順番を反転させた。
高く作る → その事実自体をブランド価値にする。
Vのロゴを履いている有名人は多いが、ブランドが大量の広告費を払ってそのイメージを作ったわけではない。
2025年のGuardianの取材でも、共同創業者Sébastien Koppは、セレブへの無償提供を基本的に行わない姿勢を説明している。VEJAは20年間で累計約1,400万足を生産するブランドに成長したと報じられている。
つまり、サステナビリティに使ったコストが「広告の代わり」になったとも言える。
これはなかなか面白い逆転だ。
もちろん、VEJAだって完璧ではない
ただし、VEJAを「完全に環境に優しいスニーカー」と紹介するのも正しくない。
むしろ興味深いのは、VEJA自身がその限界をかなり細かく公開しているところだ。
例えばレザー。
VEJAが公表する2024年のCO₂分析では、スニーカーの原材料が排出量の大部分を占め、その中でもレザーの影響が非常に大きい。
同社による試算では、V-10 Leatherの一足あたり排出量は約20.6kg-CO₂e。一方、B-Meshを使ったV-10では約10.3kg-CO₂eと、大きな差が出ている。
VEJAはC.W.L.という植物由来原料を組み合わせたレザー代替素材も開発しているが、これも「完全な天然素材」ではない。
現在のC.W.L.は54%がバイオベースで、残りにはPUなど石油由来素材が含まれる。VEJA自身も、まだ理想的な解決策ではないと認めている。
さらに、染料を完全に天然由来へ変更できていないことや、一部の金属部品を自社で直接調達できていないことなども公開している。
この「できていないことまで書く」という姿勢は、グリーンウォッシュが問題になる現在ではむしろ重要だろう。
サステナブル企業とは、環境負荷がゼロの企業ではない。
自分たちの負荷がどこにあるのかを知り、それを隠さず、少しずつ減らしていく企業なのかもしれない。
「売ったら終わり」から、修理するブランドへ

VEJAはさらに、スニーカーの寿命そのものを延ばそうとしている。
2020年から「Clean, Repair, Collect」という修理プロジェクトを開始。VEJA製品に限らず、他ブランドのスニーカーや靴まで修理する拠点を展開している。
2025年末までにパリ、ベルリン、マドリード、ブルックリン、ロサンゼルス、サンパウロなどで11のリペア拠点を運営し、累計6万2,000足以上を修理したという。
新品を一足売れば、ブランドの売上は増える。
古い靴を修理すれば、新品を買う必要はなくなるかもしれない。
短期的な売上だけ考えれば、少し不思議な行動だ。
しかし「できるだけ長く履く」という発想まで商品に組み込むなら、修理もまた製品の一部になる。
VEJAから見える、次のサステナブルブランド

VEJAの白いスニーカーだけを見れば、それほど革命的には見えない。
だが、その靴を分解していくと、
コットン農家がいて、
アマゾンのゴム採取者がいて、
ブラジルやポルトガルの工場があり、
物流で働く人々がいて、
修理する職人がいる。
VEJAのサステナビリティは、素材一つを「環境に良いもの」に置き換える発想ではない。
商品が生まれてから捨てられるまでの経済そのものを、少しずつ組み替えようとしている。
そして、実はここがVEJAから日本企業が学べる最大のポイントなのかもしれない。
「サステナブルです」と広告することにお金を使うのではなく、
サステナブルであること自体に、お金を使う。
広告を減らし、農家に高く払い、森に経済価値を与え、失敗まで公開する。
もしかするとVEJAが売っている一番サステナブルなものは、オーガニックコットンのスニーカーではない。
「企業のお金の使い方」そのものなのかもしれない。


参考

