今夏4Kリマスター版が公開された、平成の悪趣味映画の金字塔『ムカデ人間』。「つ・な・げ・て・み・た・い」というキャッチコピーに、かの若本規夫がナレーションを担当した日本版予告編はあまりにも有名で、見たことがなくともタイトルを知っている、という人は多いだろう。4K版公開の際に推薦コメントを出させていただいたときに「アンセム」という言葉を用いたのだが、本作は悪趣味な低予算ジャンル映画を象徴する平成後期の重要作だ。日本でも3部作がそれなりの規模で公開され、最終作が公開されてから10年あまり経った今でも、多くの人の記憶に残っている(Livedoorニュースによる4Kリマスター版公開の報道ポストは2万いいねを越えた)。その要因は、当時かなり本作をプッシュしていた配給会社トランスフォーマーの頑張りもさることながら、やはり『ムカデ人間』という作品そのものの力によるところが大きいだろう。今回は、改めてその魅力について振り返ってみたいと思う。
物語は驚くほどにシンプルだ。マッドサイエンティストに拉致された旅行者3人が、繋げられてしまう。基本的にこれ以上のことは起こらない。舞台となる屋敷から出ることもなければ、加害者であるハイター博士についても、被害者3人についても、ほとんど何のバックボーンも語られない。サイコパスと、その犠牲者。ジャンル映画の図式にこれ以上の装飾は必要がないと言わんばかりに、ひたすら各々が与えられた「立場」をまっとうしている。
そうした物語の不在を、ディーター・ラーザー演じるハイター博士というキャラクターの強烈なカリスマ性が補っている。『ムカデ人間』はどこまでいっても彼の映画だ。彼をキャスティングした時点で、もしかしたら映画の勝ちは決まっていたのかもしれない、そう思わせるほどの迫力なのだ。
本作のユニークな点は、『ムカデ人間』という悪趣味でキャッチーな題材を用いながら、それに甘えない上質なスリラーに仕上がっていることだ。中盤、逃げ出した一人とハイター博士の追いかけっこはふざけナシ、プールを使った立ち回りなどアイデアも豊富で見応えがある。また、「繋げられた後」のスリラーが存在しているのも素晴らしい。繋げられて終わり、はい、悪趣味でしょう、残酷でしょう、ハイター博士ヤバイでしょう、コワイでしょう、って映画じゃなく、手数を見せる。ムカデ人間というテーマ一本で敬遠したり、冷笑したり、はたまた大袈裟に絶賛してみたり……といった反応は散々見てきたけれども、本作が「普通に面白い映画」であることを忘れてはならない。むしろ私は当時、「テーマの割に上品な映画だな……」とすら思った。00年代低予算悪趣味映画群なんてカメラはブレブレでマスターはガビガビ、何が起こっているか分からないが血だけはいっぱい出ているというようなものばかり(そういうのがキライなわけじゃないけどね)なわけで、しっかり丁寧に撮られているからこそ『ムカデ人間』は一般層を多く獲得できたのではないだろうか。そして「普通に面白い映画」であるからこそ、テーマの悪趣味性が前面に語られてきたのではないだろうか。私はなんとなく、『ムカデ人間』をそんな映画だと思っている。
……というようなことを、2026年8月29日にゲストとして呼んでいただいた『ムカデ人間4K』上映後トーク@ムービルの場で話したかったのだが、緊張してうまく説明できなかったのが悔やまれる。本記事がアップされる頃には4K版の上映は終了しているかもしれないけれども、作品そのものは勿論のこと、様々な要因が絡み合ってひとつの「現象」ともなった『ムカデ人間』を、まだ見ていない方にも、既に見たことがあるという人にも改めてオススメしたい。そうして「真ん中」になる気持ちを想像しながら『2』、『3』と見て、もはや「真ん中」どころではない、純然たる悪趣味映画となっていくさまを体験してほしい。
