出会いはどこにでも……/『ネイバー 美しき変態隣人』

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 当たり前だろと言われるかもしれないが、私は拷問をされるのが一番嫌だ。考えるだけで憂鬱になる。ふと自分の将来について考えるとき、世界を股にかけるスパイにでもなろうかと悩むことがあるのだけど、スパイは拷問を我慢しなくてはならないことを思い出して却下する。それだけじゃない。殺されることだってあるだろうし、愛する人と母国の二者択一を迫られることだってあるだろう。常に両方を選ぼうとする私にスパイは向いていない、やめておこう。他には何がいいかな。拷問されなくて、殺されない仕事……。そうだ、楽器を練習して、バンドマンになるのはどうだろう?書店員も悪くない。大学に行ってインターン生になるのもいいし、シンプルにサラリーマンになるのもいいだろう。

 さて、それらの仕事が決して安全だとは限らないと教えてくれるのが『ネイバー 美しき変態隣人』である。なぜなら、先ほど列挙した職業の者たちが、揃って拷問を加えられるからだ。どれだけ拷問を恐れても、”美しき変態隣人”に目をつけられた時点で終わり。拷問をされる。つくづく暴力というものは不条理である。

 

 本作の悪役であり、役名を”The Girl”という名無しのジェーン・ドゥは、とにかく人を拷問し、殺しまくる。動機もへったくれもなく、なんとなく獲物に目をつけては、キャハハと嬉しそうに殺すのだ。彼女のえじきとなる犠牲者は決まってこう言う、「なぜ?」。彼女は、たまに答えてみたり、答えなかったりする。理由を気にするのは決まって殺される側、殺人者にとって、そんな問いに答えを用意する義理はないのである。



 明るくポジティブで容姿端麗なThe Girlによる殺しは、外見とは裏腹にネチネチと陰湿なもの。人間の身体に蛇口を差し込み、ワイングラスに血をそそぐ。ドリルで太腿に穴をあけ、ミミズを侵入させる。といったように、おぞましいやり方で肉体をもてあそぶ。映画は基本的にコレの繰り返しなんで、過激なグロ描写に拒否反応を示す人もいれば、その退屈さに参る人もいるかもしれない。しかし、この映画の”ヘンさ”がクセになる、私のような人だっているはずだ。



 本作はトーチャー・ポルノと呼ばれるジャンルに属する作品だ。直訳すると拷問ポルノだが、そこまでマニアックなモンじゃなく、拷問を主軸に置いたホラー映画をラフにそう呼ぶ。たとえばイーライ・ロスの大ヒット作『ホステル』なんかは、最も知られたトーチャー・ポルノのひとつだろう。『SAW』『ムカデ人間』『マーターズ』なんかも含まれるのかな?



 ただ、それらの有名タイトルはレアケース。その性質上、トーチャー・ポルノがメジャーに配給され、大衆に受け入れられるといった事象は決して多くない。悪趣味だからね。だから、低予算で制作されるのがほとんどで、私の見てきたトーチャー・ポルノは、面白い・つまらないを抜きに、安っぽいのが多かった。



 この『ネイバー 美しき変態隣人』も例に漏れず低予算制作だ。それは映画を見れば明らかなのだが、しかし、撮影が妙にお上品なのである。まるでクリスマス映画でも始まりそうな画面で、普通のアメリカン・ホラーとは明らかに毛色が違うのだ。主人公は、元カノと、片思い中のバーテンダーとの間で揺れているバンドマン。彼にはふたりのバンド仲間がいて、片方は軽薄なボンクラ、もう片方は会社勤めで所帯をもつ現実主義者。そして書店に勤める主人公の元カノ。この面々の日常を描く前半戦は、画面に”The Girl”がちらちらと映り込むという不穏な演出はあるものの、まさかトーチャー・ポルノだとは思えないのほほんとした空気。全員、これから殺される顔をしていないのだ。



 だからこそ、”The Girl”による拷問の不条理さが際立つ。前半のドラマ部分は、物語にほとんど何も付与しない。「こう過ごしていた人が、こうなりました」というだけだ。どうやって捕まえ、拘束したのか、それすら描かれないまま、次の瞬間には”The Girl”に手足を縛られている主人公。「誰だよお前、なんでこんなことすんだよ」というのはあまりにも真っ当すぎる疑問。しかし、返ってくるのは答えではなく、とびきりの笑顔だ。



 こういった「ご都合主義」とも言える省略を、おそらく確信犯的に多用している本作のジャンルがトーチャー・ポルノ・”コメディ”であることに気付いたとき、私はやっと素直に笑うことができた。特にエンドロールの天丼(見りゃ分かります)には笑った。ギャグのセンスが良い。


 トーチャー・ポルノなのにコメディで、明るく快活なのに陰湿な拷問をするThe Girlが、殺される顔をしていない人々を殺す。いくつもの相反する要素によって成り立っているからこそのユニークさ。なかなかグロいんで、そういうのが無理な人にはちょっとオススメできないが、興味のある方は必見だ。



 The Girlを演じるのは、ヒスパニック系のガールズグループ・Solunaのメンバーとして知られるアメリカ・オリーヴォ。グループの活動を休止したのち俳優に転向し、本作の公開年である2009年には『13日の金曜日』『トランスフォーマー・リベンジ』といったマイケル・ベイ作品にも出演しているほか、グラインドハウス風エクスプロイテーション『ビッチ・スラップ』の主演も務めている。拷問を受ける主人公には、かのネーヴ・キャンベルの実兄であるクリスチャン・キャンベル。なんと、本作での共演がきっかけで、オリーヴォとキャンベルは結婚している。しかも、出会って2週間で婚約、5ヶ月後には結婚式を挙げ、16年経った今も夫婦でい続けている。まさに運命の出会いだったのだろう。きっと、たまに本作を見返してふたりでウケたりしてるはず。うらやましい。

ライター:城戸