普段は日本国内を旅行しまくっている私だが、ここ数年でイタリア・フランス・シンガポールなどの海外旅行にも挑戦するようになった。海外旅行は国内旅行にはない臨場感がある。言葉も文化も異なるからだ。
見たことのない景色、食べたことのない美味しいもの、普通に生活するだけでは出会えない体験を『安心して』享受するのが国内旅行だとすれば、海外旅行はこれらのものを『スリリングに』享受するものだと考えている。
今回私が旅行した韓国は日本から近く、海外旅行初心者にもおすすめされる場所である。たしかに文化も似ているし、イタリアやフランスに比べれば日本語が多く聞こえてきた。しかし私が思うに、言語のハードルは英語圏よりも高い。
義務教育で習った英語は、文字で読めば何となく意味がわかる。多少のリスニング力もついた自負がある。一方で、韓国語であるハングルは私の人生で一度も関わったことがない。読めないし、聞いてもサッパリわからない。
そんな状態でも私は…一種のギャンブラー気質なのだろうか…ハングルがわからない状態で行く韓国旅行に強い興味を持ってしまった。さぞスリリングな体験ができるに違いない、そんな逆境で二泊三日を過ごせるのか試したい。

いざ韓国に着いてみると、意外と日本語の表記が多かった。公共交通機関でも日本語が書いてあったり、日本語の音声案内があるものもあった。ホテルのフロントではほぼ日本語が通じた。なんだ、意外とイケるじゃないか。と、油断して迎えた二日目に、足元を掬われる。
二日目はバス移動が多かった。バスの利用方法もわからなかったので、最初は周りの見様見真似だったが、そこはすんなり理解できた。目的の停留所は一切読めないが、Googleマップで現在位置を見ながら乗っていたので降り間違えることもなかった。
しかし、とある乗り換え先のバス停が見つからない。Googleマップ上は絶対に正しい場所に居るはずなのに、停留所がない。なにやら大規模なイベントがあるようで、道路が歩行者天国のようになっている。これはおそらく、どこかに臨時バス停があるのだろう。ただ、周りを見渡しても韓国語しかない。韓国語しか聞こえない。
Google翻訳で人に聞くのは…最終手段だと決めていた。周りを歩き回り、20分以上探し回った結果、バスが路上で止まって人が乗り降りしているのを発見した。
「これだ!」急いでその場所に駆け寄り、看板を確認する。ハングルのみで書かれていたが、翻訳すると臨時の停留所である旨が書いてあった。

ハングルが読める状態で行ったらこんなタイムロスはなかったのに…と思うかもしれないが、私はこのような達成感を求めていた。「なんだよ〜、こんな近くにあったのかよ!」と悔しがる一方で、このピンチを乗り越えた自分を誇らしく思った。
一度言語を覚えると、もう忘れることはできない。「ハングルを読めない状態で行く韓国旅行」は、ハングルを学んでしまうと一生できない。次回の韓国旅行までにハングルを勉強しようと思うが、今回の「初めての韓国旅行」は、私の人生で強く印象に残る名旅行であった。
ライター:あぐ
