太宰治「走れメロス」には色んな人の手による二次創作やスピンオフがあります。最近だと『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』が出版されて話題になっていましたが、今回紹介するのは、勝手になんか知らないうちにゴタゴタに巻き込まれ、勝手に人質にされて収監されてしまったメロスの親友(冷静に考えると親友をそんな目に遭わせていいんですかね、と思わなくもないのですが)セリヌンティウスの視点から描かれている『走ってくれ、メロス』(他4編)になります。
タイトルになっている『走ってくれ、メロス』の他には、「ロミオとジュリエット」のスピンオフ、あの悲劇の中生き残った脇役キャラクターから見たこの悲劇の物語を語る『ロミオとベンヴォーリオ』、「あしながおじさん」のスピンオフとして、あしながおじさん側から、つまりジャービスぼっちゃん側からの奮闘っぷりを描いた『あしながぼっちゃん』、「トム・ソーヤーの冒険」を、トムのガールフレンドの視点から書いた『トム・ソーヤーという、男の子のこと』、清少納言の「枕草子」を上司で1番の理解者だった中宮定子の視点から書いた『枕定子』の4点が一冊にみっちりとつめこまれているのです。
まずは『ロミオとベンヴォーリオ』。
これはロミオの友人や敵として登場する若者達の中で、唯一最後まで生き残ってしまった脇役の青年ベンヴォーリオの視点で「ロミオとジュリエット」を書いています。原作は戯曲形式なのですが、こちらもその雰囲気を壊さないような、美しく流麗な(そして読みやすく仕上がった)文体の小説で、少しばかりほろ苦い作品です。
そしてタイトルにもなっている『走ってくれ、メロス』。あれよあれよと友人の無茶振り(???)で牢屋に放り込まれたセリヌンティウスが暴君と呼ばれるあの王様と牢屋で語りあったり、たまたまセリヌンティウスの家に盗みに入って(セリヌンティウスも捕まったとき、家に鍵をかける暇などなかったからです)とっ捕まった少年と交流を深めていったり……。
そして最後のオチが秀逸です。メロスおまえほんとそういうところやぞ………! みたいな気持ちになります。やっぱりセリヌンティウスはメロスをもう一発くらい『力いっぱい』『遠慮せず』殴ってもよかったのではないでしょうか(きっと「走れメロス」を読んだ人は皆そう思っているでしょうが!)
『あしながぼっちゃん』は、主人公のジュディに恋するジャービスぼっちゃんと、そのぼっちゃんにあれこれアドバイスする執事さんの話になっています。
文通相手の「あしながおじさん」が知り合いの青年ジャービス氏であることをちっとも知らないジュディが、どんどん成長し自立していき、一人前のしっかりした女性になっていくその裏側で、気が休まることなく七転八倒しているあしながおじさん側のコミカルなお話になります。
『トム・ソーヤーという、男の子のこと』は、作中に出てくるトムの恋の相手であるクラスメイトのベッキー・サッチャーの視点で描かれた「トム・ソーヤーの冒険」になります。
この物語を読むために、英語の教科書で習った時以来に(!)「トム・ソーヤーの冒険」を再読したのですが、トム達は結構、その歳の割に生々しい(命があぶない)冒険ばかりしていて改めてびっくりしました。そんなトムの『ガールフレンド』のベッキー視点の、少し愛らしく、そして原典通りのハラハラドキドキも詰め込まれた良作です。
『枕定子』は、あの「枕草子」の著者の清少納言が当時の平安の宮中で仕えた美しい女性、中宮定子が主人公です。宮中での生活や人間関係、そして中宮定子と清少納言との出会いやエピソードの数々。それらがとてもわかりやすく、雅やかに描かれています。
もしも、古典の時間に「枕草子」を習ったけど何かいまいち頭に入ってこなくって……という現役学生さん達にも、昔習ったけどもうすっかり忘れちゃって……という大人の方々にもオススメの美しい佳作です。
定期的にSNSでは「古典不要論」が流れます。しかし、不要なんじゃないの? と言われているものの中から、こんなにも魅力的で、自由で、現代の人達の心をも動かす物語が再度生まれてくるのです。
そこには何百年、何十年と読まれてきた作品に対する決して擦り切れることのない愛情、そして現代と変わらない心の動きなどが描かれているが故の親近感があるからこそなのではないか、と私は思うのです。
新学期になり、新たな物語に出会う子供たちも増えることでしょう。副読本としてこの本を傍らに置いてみてあげるのはいかがでしょうか。
大人になった今でも、少しばかり昔読んだ物語が恋しくなったりすることも、あるかもしれません。
もちろん、「そういえば私、きちんと『ロミジュリ』や『枕草子』読んでなかった……」という人もいらっしゃると思います。原作を先に読むか、スピンオフを先に読むか、どちらでも楽しめるのが、ネタバレという概念があまりない古典作品の強みだと思います。
そして、もう何回も何回も聞かされたあのお馴染みの物語にも、『もしかすると、こういうサイドストーリーがあったのかもしれないなあ』と想像するのも、きっととても楽しい時間になることでしょう。
@akinona

