『赤毛のアン』じゃないほうのモンゴメリ〜隠れた

名作『青い城』を読む

· 教養

 世間一般的にモンゴメリ、といえば『赤毛のアン』シリーズなんだと思いますが、彼女は他にもいくつも素晴らしい作品をいくつも残しています。

 今回はそのうちのひとつ、『青い城』を紹介しようと思います。

 主人公は貧しい境遇で暮らす内気なオールドミス(今では死語ですね)の独身女性、29歳のヴァランシー。

 決して器量も良くなく、人生で誰かしらに求められたこともない、そして身内からも公然と格下の扱いを受けているのに甘んじてそれを耐えている、そんな淋しい彼女は、心の中に建てた美しい『青い城』を想像して(そこでは彼女は美しい女主人で、幾人もの美しいプリンスに傅かれていました)己を慰める。時には図書館に行って、贔屓の作家「ジョン・フォスター」の本を読んで、心を癒すそんな寂しい日々を送っていました。

 ところがある日、以前受診した医者から手紙が届きます。何とヴァランシーは心臓の病で余命があと1年、と書かれていたのです。

 残り1年、悔いなく生きようと決心したヴァランシー。

 辛気臭い自分の家を飛び出して、親戚一同の反対もどこ吹く風、知り合いの家のメイドとして働き、新しい服を買い、行ったこともなかったパーティーにも行き、そして町では嫌な噂で満ち満ちた、ポンコツな車を乗り回す不可思議でミステリアスな皮肉屋の男バーニィに、なんと求婚までしてしまうのです。自分の心臓が1年ともたないことも打ち明けて。

 ところがバーニィはそれを引き受け、自分の住む小島にヴァランシーを案内してくれます。そして結婚に、いくつかの条件をつけます。

 自分宛の手紙を開かないこと、館の一室のとある部屋を決して覗かないこと、などなど。ヴァランシーはそれを受け入れて、新婚生活がはじまるのです。

 辛気臭かった幸薄いオールドミスとしか見られていなかったはずのヴァランシーが、どんどん美しい女性に変化していく様を唖然と見送るしかない親戚一同や、心の冷たい実の母。

 「幸薄いオールドミス」から「面白い女」に変化し、更に「美しくなっていく」ヴァランシーに惹かれていく、ちょっと謎めいた男バーニィ。そして、それこそ「新しい自分」になるための結婚、のはずが、こちらもどんどんバーニィに惹かれていくヴァランシー。

 ユーモアたっぷりな話の流れと、個性的な脇役達、そして最後のどんでん返し(これを書いてしまったら面白さが半減してしまうので、ここでは秘密にしておきます)。複線の秀逸さが際立つ、古典的でいて、それでも今なおとても新鮮なロマンス小説なのです。

 あまりに面白くて半日で読んでしまいました。

 出版されたのは1926年なので、なんと今(2026年)から100年も前に書かれた物語なのですが、ちっとも色褪せることなく、私達の前にその鮮やかな物語世界を展開してくれるのです。

 もしかすると『赤毛のアン』の読者が、ギルバートのように素敵な伴侶をなかなか得られなくても、この『青い城』はそれをカヴァーしてくれる、大人になってなお、夢見る力を再度与えてくれる、そういう役割もあったのかもしれません。

 モンゴメリの作品には、この世に絶望しないで生きていく術が、それはそれはたくさん綴られ続けている。そんな気がするのですが、彼女本人は、牧師だった夫のうつ病の介護や何やらで疲弊し、とても苦労の多い人生だったようです。

 もしかすると、モンゴメリはこれらの明るく夢とロマンティックとユーモアたっぷりな物語世界を描き出すことによって、己を、そして苦労の多い現実を生きぬいていくために奮い立たせる拠り所にしていたのかも、などと考えてしまうのです。

 そして、一日一日を「後悔しない様に」過ごすと言うことは、出来そうでいて、なかなかできないことです。

 けれど、心が豊かな人は誰しも心にヴァランシーの持つ『青い城』のような、様々な空想を留め置くことのできる、拠り所を持っているのだと思います。

 きっと著者のモンゴメリにも、忙しい生活の中、心にそういう場所をそっと持っていたのだろうと思います。

 

 そして自分にとっての運命の人というのは、他人の評価ではなく、自分の心で決めるものなのだ、そして、自分を変えることが出来る第一歩を踏み出す力を自分で踏み出す尊さや重要性を、どうしても一歩「踏み出せない」女性達に伝えたい、という作者の強い意志も感じます。

 もちろん、『赤毛のアン』でも高評価な、あのモンゴメリならではの美しい自然描写、闊達な人間描写力も健在です。

 更にこの『青い城』以外にもモンゴメリはいくつかの美しく楽しい小説を執筆し、だいたい邦訳も出ています。『もつれた蜘蛛の巣』、『ストーリー・ガール』、エトセトラ、エトセトラ……。

 『アンシリーズ』を読んだ人も、読んでいない人も、これを機会に、これらの時代を経ても古びない小説の数々を、是非とも手に取ってみてはいかがでしょうか。

 ちっとも幸せじゃない女性に訪れるミラクル満載のシンデレラ・ストーリーというのは、いつの時代も女性の傍らにあって、私達を勇気づけてくれるものなのですから!

@akinona

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