殴って毟って一攫千金!〜『アホウドリを追った日本人』の話

· 教養

ときどき日曜日の動物番組などで取り上げられることがあるアホウドリですが、そもそもなんで「阿呆鳥」なんてなんだか情けない呼び名がついているのだろう、と考えたことはありませんか。


 アメリカにゴールドラッシュがあったように、かつて明治から大正にかけて日本にも「バードラッシュ」があったのです。その「バード」こそがアホウドリ、日本の遥か南の島でのんびりと暮らしているこのおっとりした鳥の羽が、なんとヨーロッパ諸国で高値で売れたのです。


 アホウドリは両方の翼を広げると2メートルを優に越す大型の海鳥ですが、あまりにも翼が大きいため、飛び立つには20メートルから30メートルもの滑走が必要であり、動作はのんびりしていて、無人島で繁殖したため人を恐れることがありませんでした。

 今でこそ絶滅危惧種ですが、当時は小笠原諸島、伊豆諸島、尖閣諸島、大東諸島どこにでもいて、しかもあっさり捕獲できてしまったのです。

 ちなみに「馬鹿鳥」と呼ばれていた時期もあったようで、「アホ」は許せても「バカ」は許せないという(?)関西圏の皆様あたりならよくわかると思うのですが、大変ひどい呼び名もあったものです。


 さて、前述したように高く売れる羽は海外へ輸出し、肉は乾燥させて食用に、卵は本土に送り、さらに糞ですら、良質の肥料として余すところなく利用できてしまうアホウドリの存在が知られるや否や、よーし俺らも小舟と棒(もちろん、アホウドリを撲殺するための棒です)と羽などを詰め込む袋さえあれば一攫千金が狙える! 海へ出るぞ! 密猟だー! という時代が到来。これが日本におけるバードラッシュだったのです。


 そして南洋探検ブームが沸き起こり、無人島探検、つまりは「南洋の無人島を発見して日本の領土にする・島の王様になる」ユートピア文学までもがブームと化していきます。(もちろんその間もアホウドリはボコボコと撲殺されているわけですが)

 それもそのはず、当時の太平洋の地図には、伊豆諸島や小笠原諸島の東、太平洋には多くの「存在が疑わしい島の数々」が描かれていたのです。文字通りの未開の地!


 更には資源の獲得と領土の拡大を狙う国家にとっても、この「未開の地」は再び意味を持つことになります。

 そのひとつ、1830年代の世界地図に記されていた『ガンジス島』がついに発見された! というニュースがこの頃の国内を沸かせます。もちろんアホウドリもいっぱいいる! リン鉱などの貴重な資源もあるよ! と報告には書かれています。

 そして国はこのなんかちょっとあやふやかつ胡乱な報告を鵜呑みにしてしまい、なんと『中ノ鳥島』と命名し、日本の領土にしてしまいます。

 

 しかし当時はもはや「言ったもん勝ち」。一攫千金を狙った人々にとっては、幻の島が実際に存在するかよりも、島の「権利」を他者に先駆けてゲットし、願書を政府に提出できるかどうかが問題になっていたのです。そして島が実際にあるかどうかは「いちかばちか」というわけです。まさに詐欺寸前、山師の世界ですね!


 なお、アホウドリが山のようにいたはずの島々の一つ、尖閣諸島はアホウドリの乱獲に乱獲を重ねた挙句、結局は無人島になってしまうのですが、この尖閣諸島ではアホウドリの羽根だけ回収して、労働者を置き去りにしてさっさと雇い主達が本土に帰ってしまう事件が起きていたそうです。

 このように、バードラッシュのユートピアで働く労働者の実態はかなり悲惨なものだったようです。(近年またこの尖閣諸島近くに海洋資源が埋蔵されてる可能性が浮上し、周辺諸国で揉め出しているのです。これはもはやアホウドリの祟りでは?)


 更にはバードラッシュや幻の島ブームが過ぎ去ったと思いきや、今度はこの島の数々が貴重なリン鉱発掘地として、肥料や化学製品、そして砲弾などの軍需産業に結びついたことにより、日本はどんどん南海へと進出していき、さらには世界大戦が勃発し……という流れになっていくのです。


 『中ノ鳥島』などという幻の島の存在を決して国が否定しなかったのも、決して冒険者のロマンの肯定などではなく、戦争における領土拡大に繋がっていくからだったのです。

 この存在が怪しい(と軍には認識されていたけど外部に公表されることはなかった)『中ノ鳥島』ですが、戦時中はもちろんのこと、日本が敗戦してGHQがやってくる39年もの間、ずっと地図に「日本の領土」として載り続けていたそうです。


 そんな知られざる、そして現代にも繋がる日本近代史の一幕が詳細に記されているのがこの一冊『アホウドリを追った日本人―一攫千金の夢と南洋進出』です。

 岩波新書ってなんとなくとっつきにくくて……という人にもオススメな、何故か妙に読みやすく、そして面白い一冊になっています。

 「新書、読んでみたいけど何から読めばいいのかなあ」などとお悩みの方にもおすすめな、ジャパンの闇のバードラッシュ、南海進出を目指す冒険野郎や実業家たちの顛末、いろんな人々や国家の思惑などが入り乱れたカオスな結末、是非とも見届けてみてください。


@akinona


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