「羽根飾」と書いて「心意気」と読む!『シラノ・ド・ベルジュラック』を読もう!

· 教養

 SNSが大盛況の昨今、皆様は最近誰かに『手紙』を書いていますか。もしくはかつて誰かにラブレターを書いたことがありますか。

 私は小学生の頃に、クラスの女の子にラブレターの代筆を頼まれたことがあります(困り果てて結局断ってしまったのですが)


 そう、ラブレターの代筆。

 やっておけばいいこともあったかもしれないし、そうでもないかもしれない、そんな浪漫溢れる題材が、世界でも有名な戯曲の一つになっているのをご存じでしょうか。

 その名も、『シラノ・ド・ベルジュラック』。作者はエドモン・ロスタン。主人公は実在の同名の人物がモデルになっています。


 何度も映画化し、現在でも舞台にかかる大人気の戯曲。戯曲なので読むよりは観る方がずっと良いのかもしれませんが、私のおすすめは岩波文庫からでている原作です。

 岩波文庫にでてくる数多の文学的ヒーローの中でも、五指に入るくらいかっこいい(と個人的には思っています)シラノ・ド・ベルジュラックを、今回はご紹介したいと思います。


 本作の主人公、学者で詩人で機知に富んでて、しかも天下無双の剣客(めっぽう強い剣の達人ってことですね)なのに、『鼻がめちゃくちゃ大きい』せいで、どうしても美男子とは言えかねるシラノは、従姉妹の美しくて闊達な美女ロクサアヌ(ロクサーヌ)にこっそりと恋をしています。ところがある日、イケメンだけど口下手で恋文も苦手な同僚にして友人クリスチャンから、『なんとかロクサアヌとの仲を取り持ってくれ』と頼まれてしまうのです。

 何故ならクリスチャンはイケメンなのに、ロクサアヌ本人を前にすると、どうしても『めっちゃ好きです!』くらいの超ポンコツな語彙しか出てこなくなってしまうとのこと。


シラノ「(クリスチャンをじっと見て)赤心(まごころ)を言って聞かせるのに、こういう顔が一寸でも借りられればなあ!」

クリスチャン「(絶望して)華々しい弁舌が欲しいなあ!」

シラノ「(思い出したように)俺が貸してやろう! 君は、心を惑わす美しい肉体を貸してくれ。そして二人一緒に、小説の主人公になろうじゃないか!」

(p133-134)


そして、口下手なクリスチャンの代わりに、シラノはバルコニー脇から詩人の本領を発揮したとてつもなく美しい口説き言葉を説いてやったり、恋文も代筆してやったりし、見事クリスチャンとロクサアヌはめでたく結ばれるのです。


 ところが恋仇(最近なかなか聞かない単語ですが、良い言葉だと思います)ド・ギッシュにより、シラノとクリスチャンは戦場、しかも激戦地行きになってしまいます。

 戦場でシラノは味方を鼓舞しながらもせっせとクリスチャンの代わりにロクサアヌへの手紙を書いてやります。(クリスチャンの要望以上にせっせと書いているのはロクサアヌへの恋心が成せる技ですね)

 

 ですがロクサアヌもただ待ってるだけのヒロインではなく、敵国スペインの陣地を優雅な笑顔一つで馬車でくぐり抜け(この肝っ玉の太さは従兄弟のシラノそっくりですね)、毎日手紙を寄越してくれる(言うまでもなくシラノが書いたものですが)クリスチャン愛しさに戦地までやってきてしまうのです。なんと馬車には食糧もこっそりたっぷり積み込まれ、一同の士気は向上します!

 が、クリスチャンは気付いてしまいます。シラノがロクサアヌを愛していることを、そして、ロクサアヌが本当に愛しているのはクリスチャンの「心」の部分を「担当している」シラノだということをです。

 そしてここは激戦地。直後の一斉射撃で、クリスチャンはなんと命を落としてしまうのです。


シラノ「もう、俺は今日死ぬより外にない。あの女(ひと)は自分でこそ知らないが、クリスチャンの裡(うち)の俺を悲しんで、泣いて居るのだからなあ!」

(p258)


 そしてシラノは恋仇のド・ギッシュに、泣き濡れるロクサアヌを任せて戦場へ。


シラノ「恐れるな!俺(おり)ゃ死んだ二人の復讐だ。クリスチャンと俺の幸福とだ!」

(p259)


 それから15年の時が経ち、修道院に入っているロクサアヌを、戦場でも生き残ったシラノは貧しい境遇にありながらも、毎週必ずロクサアヌを訪ねては慰める、そんな日々を送っていましたが、ある日シラノは頭に瀕死の重傷を負ってしまいます。それでも修道院にやってきて、かつての思い出を語り合うシラノとロクサアヌ。


 そして、日が落ちてくる中、かつて自分がクリスチャンとして綴った手紙を、ロクサアヌの前で読むことに。

 ここでロクサアヌは気付くのです。もう文字も読めない暗さの中、一字一句違えずに手紙の内容を読み上げるシラノと、その声が、何年も前にバルコニーで聞いた「あの時の声」のものである、と。そして、死にゆくシラノは虚空に向かって、つまりやってくる死神に向かって、こう言うのです。


シラノ「(前略)………貴様達にゃどうしたって奪りきれぬ佳いものを、俺(おり)ゃあの世に持っていくのだ……(後略)」

ロクサアヌ「それは?……」

シラノ「私の羽根飾(こころいき)だ」

(p298)


 そう、帽子の「羽根飾」と書いて「心意気(こころいき)」と読むのです。


 今までいろんな本を読んできたけれど、一生に一度の恋を、そして恋の秘密を、死ぬ直前まで隠し通したシラノ・ド・ベルジュラックが、今際の際に朗々と言い放ったこの一言ほどにかっこいい言葉は、なかなかないと思うのです。

 まさに、我が生涯に一片の悔いなし!というやつですね。


 このシラノのモデルは同名のフランスの作家にして剣豪であり、36歳という若さで世を去った奇才シラノ・ド・ベルジュラックですが、同時代の大作家ラシーヌやモリエールに埋もれ、忘れられていた人です。ですが、このエドモン・ロスタンの戯曲で一躍、フランスのヒーローの仲間入りと相成りました(今では彼の作品『日月両世界旅行記』も岩波文庫で読むことが出来ます)

 劇作にあたり史実よりも『盛られている』『かっこよくなってる』ことはもちろん否めませんが、それでも、史実の彼もまた、才能と機知に富んだ人となりだった模様。

 そして鼻は普通よりはちょっぴり大きいくらいだった模様ですが、鼻の大きさが決闘のネタになったりしたとかで、「人の勇気、機知、情熱、明敏は鼻の長さで計られる。鼻は魂の住家だ」と書き残していたりする、そういった人だったのです。


 自分の容姿にコンプレックスがあって、好きな人に告白できなかった人、喋るのが苦手で、好きな人とおしゃべりできなかった人、恋とはいつの世も変わらず多難なモノですが、そういう思い出がある人もない人も、一度このとても面白く、そして少し切ない傑作戯曲を読んでみてはいかがでしょうか。

 恋と活劇がたっぷりつまった一冊、きっと飽きることなく読むことができるでしょう。


@akinona



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