誰もがそれを知っている/デス・トンネル

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2021年、タイトルの分からない曲を特定するフォーラム『WatZatSong.com』にて、とあるユーザーが、17秒の音源を投稿した。ユーザー曰く、出所は分からず、古いバックアップの中から見つけたという。インターネットの集合知にかかれば楽曲の特定など動作もないはずだと思われたが、この17秒の音源は、おおよそ3年間、その正体を誰にも暴かれなかったのだ。

低音質の音源から聞き取れる単語から、楽曲には『Everyone knows that』と名付けられた。「誰もがそれを知っている」とは皮肉なものだが、世界中のネットユーザーたちがその解明に乗り出し、音源の知名度も上昇し始めたことから、あながちウソでもなくなってきたわけだ。

調査の中では、古今東西、多くのミュージシャンが候補に挙がった。その中には、小田和正がフロントマンを務めるバンド、オフコースの名もあったほどだ。オフコースに限らず、歌っているのは日本人なのではないかという考察は多く見られた。確かに『Everyone knows that』には、海外でリバイバルヒットしたジャパニーズ・シティ・ポップのエッセンスを感じられなくもない。ともかく、『Everyone knows that』は、端的に、いい曲だったのだ。『失われたメディア』を探るロマンもさることながら、ここまでのムーブメントが起こったのは、その曲を聞いた多くの人が、「この17秒の外も聴きたい」と願ったからだろう。

そして2024年、ついに『Everyone knows that』の正体が暴かれた。1986年のポルノ映画『Angels of Passion』にて使用された劇伴だったのだ。すぐに作曲家も判明し、本人も自分の作った楽曲であると認め、制作時に歌詞を書いたメモの写真がアップされた。投稿者が最初に投稿した17秒間の音源は、喘ぎ声の被っていない部分だったのだ……というオチもついて、正確には『Ulterior Motives』という曲名で「Everyone knows it」と歌われていたらしいこの謎の楽曲は、無事に”発見”されたのであった。



さて、私はこの『Everyone knows that』が大好きだ。事件も楽曲も大好きだ。見つかったときは思わず小躍りをしたほど嬉しかった。オチが素晴らしいよね。楽曲が発見されただけで凄いのに、なぜあの17秒なのか。という点までもが、ユーモアと共にしっかり回収されている。他にも、私の大好きな『Celebrity Number Six』についても語りたいところだが、長くなるのでやめておこう。今日話したいのは、『Everyone knows that』の作曲家であるクリストファー・セイント・ブースフィリップ・エイドリアン・ブースの双子についてだ。彼らは、映画制作者でもあった。



カナダで音楽活動をしていた彼らは、1980年代にロサンゼルスへ移住し、生活費を稼ぐため、ポルノ映画への楽曲提供を始めた。そのうちのひとつが『Everyone knows that(Ulterior Motives)』である。また、彼らはコンポーザーとしてだけではなく、プロデューサーや、監督として制作に携わったこともあった。ポルノで経験を積んだ二人は、映画制作へとキャリアを進めていく。そして手がけた初の一般映画が、今日紹介する『デス・トンネル』だ。



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5人の女子大生が廃病院でコワイ目に遭うこの『デス・トンネル』は非常に評判が悪い。まあ、実際に見てみれば、その理由は何となく分かる。まずもって、見づらいったらありゃしないのだ。ガチャガチャとカッコつけた編集ばかりで、これは、もう、作家がどうこうというより、00年代の功罪じゃないかと思う。こういった表現が流行っていたのだ。私もガチャガチャした映画は苦手なのだが、妙な平成のノスタルジーにつられ、自ら向かっていってしまう。なにも、ガチャガチャ映画がすべて悪いというわけではない。ダサさをまといながらも、少なくとも『デス・トンネル』は、それなりにオシャレな七分袖と言えるのではないかと思うのだ。



この『デス・トンネル』は、話がよく分からない。私の理解能力が低いというのもあるのだけど、イメージの羅列に終始しているのだから、分からない人のほうが多いだろう。順序だてて物語を語ろうとはせず、時系列なんかも無視して画面を連打していく、ミュージックビデオ的な出来合いなのである。音楽畑出身の二人だから、さもありなんといったところだろうか。



しかし、この「羅列」が、だんだんとクセになってくる。シチュエーションの面白さ(要するにドキドキハラハラだ)なんてのは皆無だが、ほとんど脈絡なく提示されるホラーイメージはそう悪くないというか、むしろ今っぽささえ感じる。スーッと画面奥を横切っていく幽霊をそのまま拡大するような安っぽさも、心霊ビデオ的なアプローチで私は嫌いじゃない。綺麗に積み上げることはできないけども、ひとつひとつのオブジェクトのいびつさには目を見張るものがある……そんな映画なのだ。



終盤になって、物語の種明かしみたいなのを始め(るということは、ちゃんと物語を語っているつもりだったのだろうか。だとしたら、やはり私の理解能力の低さに尽きる)てからは言語的になってしまい、映画の持ち味が失われる感覚があった。個人的には残念だ。種明かしなど必要ないのだ。ただ、オチにはちょっと泣いた。この脚本、物語をきっちり語れる人が撮っていれば、広く受け入れられたのではないだろうか。でも、私は、今の仕上がりも嫌いじゃないけどね。



ブース兄弟は、これ以降もいくつかのホラー映画を手掛けている。まだ見ていないのだが、私の大好きな『Everyone knows that』を作った二人なのだから、それなりのセンスのはずだ。期待してDVDを取り寄せることにしよう。

ライター:城戸